星まかせの恋
うお座女子の特徴その8 落ち込みが激しい
バーでの一夜から、私の目に映る景色が一変した。
朝、目が覚めて窓を開けると水彩画のような水色の空がまぶしく、その日一日が良い日になる予感で満ち溢れた。
街中の木々や緑、花屋の店先で咲き誇る季節の花が美しく輝いて見えるようになった。
すれ違う子供達や動物が可愛らしく、思わず目を合わせて微笑んでしまう。
今ならあの人に素直な気持ちで好きと言えそうな気がした。
恋をすると世界が変わるなんて、ラブソングの歌詞みたいなことって本当にあるのね。
藤代さんからのメールが待ち遠しく、メールが来たら来たでどんな文章が藤代さんの心に刺さるのだろうかと、何時間も頭を悩ませてしまう。
私の目は藤代さんの姿を見る為のもので、私の耳は藤代さんの声を聞く為のもので、私の口は藤代さんと言葉を交わす為にある、そんな風に思えた。
藤代さんがいて座だろうが何座だろうが、もうそんなことはどうでもいい。
私と藤代さんの相性が悪いだなんて不吉なことが書かれている本は、もういらない。
私は本棚からパープル☆星羅先生の本を全て抜き出し、段ボール箱の中に入れ、それをクローゼットの奥へ隠した。
時間がある時に、星占いの本は全部ブックオフにでも売ってしまおう。
さようなら。パープル☆星羅先生。
いままでありがとうございました。
藤代さんに本気の恋をした私は、こんなにもあっけなく、あんなに信じていた星占いを断ち切ることに成功した。
あとは藤代さんに私の想いを告げるだけだ。
今日は藤代さんとお付き合いを始めて一か月経ってからの初めてのデートだ。
今度は私から、藤代さんに想いを告げる番。
一番お気に入りの淡いオフホワイトのニットアンサンブルを着て、肩まで伸びた髪型を可愛く工夫した。
昨夜からドキドキして、心臓が壊れてしまうくらい高鳴っている。
藤代さんも私に告白してくれた時、こんな風に緊張していたのだろうか。
鏡に向かって自己暗示をかける。
大丈夫・大丈夫・大丈夫・・・・・・。
待ち合わせ場所は私と藤代さんの家からちょうど真ん中辺りに位置する、各駅しか止まらない小さな駅の改札口だった。
気合を入れ過ぎて、一時間も早く待ち合わせ場所へ着いてしまった。
もう12月も半ばの空は重い雲が立ち込めて、肌に触れる風が冷たい。
私はピンク色のマフラーを首にしっかりと巻き直した。
しかし寒さと緊張で身体の震えが止まらない。
私は駅構内に外資系チェーンのカフェがあることを思い出し、そこで時間を潰すことにした。
カフェに入り、奥の席に座ってカプチーノの入ったカップで冷えた手を温めた。
スマホからピロリン♪と音が鳴った。
パープル☆星羅の館からの星のお告げメールだ。
思わず条件反射でメールを開いてみると、こんな文面が目に飛び込んで来た。
『今日のあなたへ星からのメッセージ・・・ラッキーカラーは紫。ラッキーナンバーは21。今日はちょっとショックなことがありそう。でも冷静に対処すれば良い方向へ物事が進みます。何事もポジティブに考えましょう。』
ショックなことって・・・縁起でもないわ。
気にしない・気にしない・気にしない・・・・・・。
そう心に呪文を唱え、小さく息を吸ったり吐いたりしていると、店の自動ドアが開き、背の高い男性が入って来た。
藤代さんだった。
モスグリーンのダウンジャケットにチノパン姿の藤代さんに思わず見惚れてしまう。
藤代さんも早く着いてしまったのね。
立ち上がり大きく手を振って私の存在に気づいてもらおうとしたその時、藤代さんの後ろにいた女性がおもむろに藤代さんの腕を掴んだ。
ショートカットで耳に大振りのイヤリングを付け、見るからに高価そうな駱駝色のコートに身を包んだ、小顔で美しい大人の女性だった。
藤代さんとその女性はコーヒーを頼み、その後窓ガラスを向かいにするカウンター席に座った。
肩を寄せ合い、楽しそうに何かを話しながら笑い合っている。
藤代さんのその横顔は、見たこともないようなくつろいだ笑顔だった。
その女性が藤代さんの頬をそっと撫でる。
藤代さんはそれを軽く振り払うも、まんざらでもないような顔をしている。
あまりにもショックな光景に、立ち眩みがした。
そして私の胸の奥がズキズキと痛みだし、息をするのも苦しくなった。
小刻みに震える身体を、両手を組んで必死に押さえつける。
どうして?
その女性は誰?
私を好きだと言ってくれたのは嘘だったの?
本当はその人が本命なの?
頭の中がパニックになった。
これが星のお告げの示したショックなこと?
私は麗華の言葉を思い出していた。
「あの人、恰好いいんだから、グズグズしてると、他の女に取られちゃうよ!」
こんなことならもったいぶらないで、最初から藤代さんを受け入れていれば良かった。
次のデートで、なんて悠長なことをしていないで、すぐに自分の想いを伝えておけば良かった。
こんな光景は見たくなかったのに。
でも、私は藤代さんを失いたくない。
私はどうすればいいの?
藤代さんとその美しい女性は、待ち合わせ時間の15分前に店から出ていった。
私もその5分後に店を出て、待ち合わせ場所へ向かった。
デートをすっぽかされる可能性も考えていたけれど、藤代さんはちゃんと待ち合わせ場所に立っていた。
どうしよう。
もしかしたら今日のデートで別れを告げられてしまうかもしれない。
本当は逃げ帰ってしまいたい。
でも約束を破るのは私のポリシーに反する。
私は落ち込んだ心を隠しながら、ゆっくり藤代さんの元へ歩いて行った。
藤代さんは私の姿を見つけると、小さく微笑んだ。
いつもの少しはにかんだような、優しい笑顔。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「今日は一段と冷え込むな。どこか店に入ろうか。」
「ええ。」
私と藤代さんは駅の近くにあるイタリアンレストランへ入った。
私は魚介のパスタ、藤代さんはマルゲリータピザを注文した。
心が乱れてパスタの味が全く分からない。
藤代さんは二股なんかするような人じゃないと信じてる。
でも、だったらあの美しい女性は誰?
終始無言の私に、藤代さんは不思議そうな顔をした。
「今日の千鶴ちゃん、口数が少ないね。いつもならこのパスタのここが美味しいって食レポするのに。」
「そういう時だってあるわ。」
私は上目遣いに藤代さんの表情を盗み見た。
やはりいつも通りの藤代さんで、罪悪感の欠片も見当たらない。
私は唐突にこう宣言した。
「私、星占いの本を捨てようと思うの。もう星占いなんて信じるの止める。」
喜んでくれると思ったのに、藤代さんは目を泳がせ、そして予想外の言葉を放った。
「別に星占いを信じたままでもいいんじゃない?」
今度は私の表情が硬くなった。
「どうして?私が星占いの呪縛から解けた方が良かったんじゃなかったの?」
「・・・・・・。」
藤代さんはなんとも気まずい顔をして目を伏せた。
もう私と付き合いたくなくなったの?
私のこと好きじゃなくなったの?
どうして何も言ってくれないの?
言いたい言葉は沢山あるのに、それらは喉の奥に苦しくとどまっている。
長い沈黙のあとに出て来たのは、藤代さんを問い詰めるような言葉だった。
「藤代さん、私になにか隠してるでしょ?」
「え?いや・・・えーと」
藤代さんは私に視線を合わせず、まだ目を伏せ、何かを考え込んでいた。
「わかったわ。もう私に興味がないのでしょ?だから私が星占いを信じようが信じまいがどうでもいいのね。」
藤代さんは驚いた顔で、やっと私の顔を見た。
「違う。そうじゃない。」
「じゃあ、どうしてうお座の私といて座のアナタ、相性最悪の私達の運命を信じたままでいいなんて言うの?」
「それは・・・事情が変わったから」
「私、見たわ。藤代さん、私と会う前に綺麗な女性とお茶してたでしょ?」
そう言うと、藤代さんは目を見開いた。
「見てたのか?俺達のこと。」
「ええ。しっかり見たわ。」
「・・・なんだ。バレてたのか。じゃあ、俺が言いたいことわかるだろ?」
あろうことに藤代さんは、照れたように苦笑いをした。
私の怒りは頂点に達した。
「なにをわかれって言うの?アナタが私より彼女の方が大切だってことを?」
「えっ?ちょ、俺の話を」
「もういい。帰る。」
私はバッグを持って席を立ち、早足で店を飛び出した。
朝、目が覚めて窓を開けると水彩画のような水色の空がまぶしく、その日一日が良い日になる予感で満ち溢れた。
街中の木々や緑、花屋の店先で咲き誇る季節の花が美しく輝いて見えるようになった。
すれ違う子供達や動物が可愛らしく、思わず目を合わせて微笑んでしまう。
今ならあの人に素直な気持ちで好きと言えそうな気がした。
恋をすると世界が変わるなんて、ラブソングの歌詞みたいなことって本当にあるのね。
藤代さんからのメールが待ち遠しく、メールが来たら来たでどんな文章が藤代さんの心に刺さるのだろうかと、何時間も頭を悩ませてしまう。
私の目は藤代さんの姿を見る為のもので、私の耳は藤代さんの声を聞く為のもので、私の口は藤代さんと言葉を交わす為にある、そんな風に思えた。
藤代さんがいて座だろうが何座だろうが、もうそんなことはどうでもいい。
私と藤代さんの相性が悪いだなんて不吉なことが書かれている本は、もういらない。
私は本棚からパープル☆星羅先生の本を全て抜き出し、段ボール箱の中に入れ、それをクローゼットの奥へ隠した。
時間がある時に、星占いの本は全部ブックオフにでも売ってしまおう。
さようなら。パープル☆星羅先生。
いままでありがとうございました。
藤代さんに本気の恋をした私は、こんなにもあっけなく、あんなに信じていた星占いを断ち切ることに成功した。
あとは藤代さんに私の想いを告げるだけだ。
今日は藤代さんとお付き合いを始めて一か月経ってからの初めてのデートだ。
今度は私から、藤代さんに想いを告げる番。
一番お気に入りの淡いオフホワイトのニットアンサンブルを着て、肩まで伸びた髪型を可愛く工夫した。
昨夜からドキドキして、心臓が壊れてしまうくらい高鳴っている。
藤代さんも私に告白してくれた時、こんな風に緊張していたのだろうか。
鏡に向かって自己暗示をかける。
大丈夫・大丈夫・大丈夫・・・・・・。
待ち合わせ場所は私と藤代さんの家からちょうど真ん中辺りに位置する、各駅しか止まらない小さな駅の改札口だった。
気合を入れ過ぎて、一時間も早く待ち合わせ場所へ着いてしまった。
もう12月も半ばの空は重い雲が立ち込めて、肌に触れる風が冷たい。
私はピンク色のマフラーを首にしっかりと巻き直した。
しかし寒さと緊張で身体の震えが止まらない。
私は駅構内に外資系チェーンのカフェがあることを思い出し、そこで時間を潰すことにした。
カフェに入り、奥の席に座ってカプチーノの入ったカップで冷えた手を温めた。
スマホからピロリン♪と音が鳴った。
パープル☆星羅の館からの星のお告げメールだ。
思わず条件反射でメールを開いてみると、こんな文面が目に飛び込んで来た。
『今日のあなたへ星からのメッセージ・・・ラッキーカラーは紫。ラッキーナンバーは21。今日はちょっとショックなことがありそう。でも冷静に対処すれば良い方向へ物事が進みます。何事もポジティブに考えましょう。』
ショックなことって・・・縁起でもないわ。
気にしない・気にしない・気にしない・・・・・・。
そう心に呪文を唱え、小さく息を吸ったり吐いたりしていると、店の自動ドアが開き、背の高い男性が入って来た。
藤代さんだった。
モスグリーンのダウンジャケットにチノパン姿の藤代さんに思わず見惚れてしまう。
藤代さんも早く着いてしまったのね。
立ち上がり大きく手を振って私の存在に気づいてもらおうとしたその時、藤代さんの後ろにいた女性がおもむろに藤代さんの腕を掴んだ。
ショートカットで耳に大振りのイヤリングを付け、見るからに高価そうな駱駝色のコートに身を包んだ、小顔で美しい大人の女性だった。
藤代さんとその女性はコーヒーを頼み、その後窓ガラスを向かいにするカウンター席に座った。
肩を寄せ合い、楽しそうに何かを話しながら笑い合っている。
藤代さんのその横顔は、見たこともないようなくつろいだ笑顔だった。
その女性が藤代さんの頬をそっと撫でる。
藤代さんはそれを軽く振り払うも、まんざらでもないような顔をしている。
あまりにもショックな光景に、立ち眩みがした。
そして私の胸の奥がズキズキと痛みだし、息をするのも苦しくなった。
小刻みに震える身体を、両手を組んで必死に押さえつける。
どうして?
その女性は誰?
私を好きだと言ってくれたのは嘘だったの?
本当はその人が本命なの?
頭の中がパニックになった。
これが星のお告げの示したショックなこと?
私は麗華の言葉を思い出していた。
「あの人、恰好いいんだから、グズグズしてると、他の女に取られちゃうよ!」
こんなことならもったいぶらないで、最初から藤代さんを受け入れていれば良かった。
次のデートで、なんて悠長なことをしていないで、すぐに自分の想いを伝えておけば良かった。
こんな光景は見たくなかったのに。
でも、私は藤代さんを失いたくない。
私はどうすればいいの?
藤代さんとその美しい女性は、待ち合わせ時間の15分前に店から出ていった。
私もその5分後に店を出て、待ち合わせ場所へ向かった。
デートをすっぽかされる可能性も考えていたけれど、藤代さんはちゃんと待ち合わせ場所に立っていた。
どうしよう。
もしかしたら今日のデートで別れを告げられてしまうかもしれない。
本当は逃げ帰ってしまいたい。
でも約束を破るのは私のポリシーに反する。
私は落ち込んだ心を隠しながら、ゆっくり藤代さんの元へ歩いて行った。
藤代さんは私の姿を見つけると、小さく微笑んだ。
いつもの少しはにかんだような、優しい笑顔。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「今日は一段と冷え込むな。どこか店に入ろうか。」
「ええ。」
私と藤代さんは駅の近くにあるイタリアンレストランへ入った。
私は魚介のパスタ、藤代さんはマルゲリータピザを注文した。
心が乱れてパスタの味が全く分からない。
藤代さんは二股なんかするような人じゃないと信じてる。
でも、だったらあの美しい女性は誰?
終始無言の私に、藤代さんは不思議そうな顔をした。
「今日の千鶴ちゃん、口数が少ないね。いつもならこのパスタのここが美味しいって食レポするのに。」
「そういう時だってあるわ。」
私は上目遣いに藤代さんの表情を盗み見た。
やはりいつも通りの藤代さんで、罪悪感の欠片も見当たらない。
私は唐突にこう宣言した。
「私、星占いの本を捨てようと思うの。もう星占いなんて信じるの止める。」
喜んでくれると思ったのに、藤代さんは目を泳がせ、そして予想外の言葉を放った。
「別に星占いを信じたままでもいいんじゃない?」
今度は私の表情が硬くなった。
「どうして?私が星占いの呪縛から解けた方が良かったんじゃなかったの?」
「・・・・・・。」
藤代さんはなんとも気まずい顔をして目を伏せた。
もう私と付き合いたくなくなったの?
私のこと好きじゃなくなったの?
どうして何も言ってくれないの?
言いたい言葉は沢山あるのに、それらは喉の奥に苦しくとどまっている。
長い沈黙のあとに出て来たのは、藤代さんを問い詰めるような言葉だった。
「藤代さん、私になにか隠してるでしょ?」
「え?いや・・・えーと」
藤代さんは私に視線を合わせず、まだ目を伏せ、何かを考え込んでいた。
「わかったわ。もう私に興味がないのでしょ?だから私が星占いを信じようが信じまいがどうでもいいのね。」
藤代さんは驚いた顔で、やっと私の顔を見た。
「違う。そうじゃない。」
「じゃあ、どうしてうお座の私といて座のアナタ、相性最悪の私達の運命を信じたままでいいなんて言うの?」
「それは・・・事情が変わったから」
「私、見たわ。藤代さん、私と会う前に綺麗な女性とお茶してたでしょ?」
そう言うと、藤代さんは目を見開いた。
「見てたのか?俺達のこと。」
「ええ。しっかり見たわ。」
「・・・なんだ。バレてたのか。じゃあ、俺が言いたいことわかるだろ?」
あろうことに藤代さんは、照れたように苦笑いをした。
私の怒りは頂点に達した。
「なにをわかれって言うの?アナタが私より彼女の方が大切だってことを?」
「えっ?ちょ、俺の話を」
「もういい。帰る。」
私はバッグを持って席を立ち、早足で店を飛び出した。