星まかせの恋
うお座女子の特徴その9 やっぱり星占いが大好き
頬に流れる涙を拭いもせず、私は駅に向かってズンズンと歩いた。
藤代さんの馬鹿。
もう知らない。
絶対に許さないんだから。
駅の改札を抜けようとした瞬間に、腕を掴まれた。
振り向くと藤代さんが息を切らしながら、大きく肩を上下させていた。
「掴まえた。」
「・・・・・・。」
「陸上部だった俺から逃げられると思うなよ。」
追いかけて来てくれた嬉しさと不安と怒りがごちゃまぜになって溢れ出す。
気が付くと、藤代さんのダウンジャケットの胸元にしがみついていた。
「・・・好き。藤代さんが好きなの。」
「・・・俺も千鶴ちゃんが好きだよ。」
「だったら私だけを好きでいて!他の女性のことなんて見ないで!」
「そのことだけど・・・」
藤代さんはおもむろに、持っていた黒のリュックの中から一冊の本を取り出した。
それはパープル☆星羅先生が書いた星占いの本だった。
「千鶴ちゃんが見たのって、この女だろ?」
藤代さんが本のページをめくると、巻頭カラーでパープル☆星羅先生らしき女性の顔写真がドアップで載っていた。
その美しい笑顔は、まぎれもなく藤代さんと一緒にお茶を飲んでいた女性だった。
「え・・・藤代さんとパープル先生が恋人同士・・・?」
「なわけないだろ?パープル☆星羅の本名は藤代紫。俺の姉貴。」
「パープル先生が、藤代さんの・・・お姉さん?!」
私は驚きのあまり言葉を失ってしまい、口を開いたまま固まってしまった。
「この本、パープル☆星羅のサイン入り最新刊。千鶴ちゃんにあげようと思って持って来た。それにしても千鶴ちゃん、パープル☆星羅の信者なのに姉貴の顔知らなかったの?最近メディアの露出も多いらしいけど。」
「チェックしようと思ってたけど、忘れてたの。私が持ってる本にはパープル先生の顔写真なんて載ってなかったし・・・。」
「最近になって顔写真付きの本にしたんだと。その方が本の売り上げがいいからって。」
藤代さんはそう言って肩をすくめた。
「姉貴のヤツ、俺が今日大事なデートだって言ったら、アンタに大切なこと教えといてあげるって直前まで俺に付いて来たんだよ。歳が離れているからっていつまでもベタベタしやがって、友達にもシスコンなんて言われて迷惑してるんだ。・・・で、その大切なことが何かっていうと・・・」
私はごくりと息を飲んだ。
「・・・その前に俺の部屋で、お互いの身体を温め合わない?」
「・・・え?」
「もう無理。さっき俺にしがみついてきた千鶴ちゃんが可愛すぎて・・・今すぐに千鶴ちゃんを抱きたい。」
瀟洒な高層マンションの12階に藤代さんの自宅はあった。
先ほどからずっと無言なまま、それでも繋いだ手は離さずにエレベーターへ乗り込む。
エレベーターの扉が上昇し、気圧の変化による浮遊感とこれから行われる甘い予感に身体がふわふわする。
まるでいつかの海月みたいに。
繋いでいた手はいつの間にか腰に回されていた。
藤代さんの部屋に着き、玄関でパンプスを脱ぐのももどかしく、藤代さんの強引なキスが始まる。
しばらく音を鳴らしながら唇を吸われた後、舌でその唇をこじ開けられ、その舌は私の口の中を隈なく泳ぐ。
ふいに唇が離れると、藤代さんは私を抱き上げて、寝室へと運んだ。
清潔なシーツがかけられたベッドに投げ出され、私の身体に藤代さんが被さって抱きしめられる。
煙草の匂いがするその首筋に私からキスすると、その唇をまた塞がれた。
「今日は千鶴は動いちゃ駄目。俺が全部するから。」
そう言って藤代さんは性急に黒いセーターとチノパンを脱いだ。
☆
情事が終わり、藤代さんは、寝ながら煙草を一服し始めた。
終わったあとの男の人の、どこか遠くを見るような気の抜けた顔は、最中よりもセクシーで好きだ。
ベッドの上の藤代さんはちょっとSで私はちょっとM。
身体の相性も最高。
やっぱり星占いなんて当てにならない。
そうだ。まだ藤代さんに聞いていないことがあったんだわ。
「ねえ。大切なことってなに?もう教えてくれてもいいでしょ?」
私は藤代さんの裸の胸に顔を押し付けながら、甘えるようにそう尋ねた。
「ああ。」
藤代さんは煙草を灰皿に押し付けると、私を抱きしめながら髪を撫でてつぶやいた。
「俺、どうやらさそり座らしい。」
「・・・・え?今、なんて?さそり座って聞こえたけど。」
私は驚きのあまり上半身を起こした。
「うん。さそり座って言った。うお座と同じ水の星座で相性が抜群にいいんだろ?」
「・・・でも藤代さん12月11日生まれなら、いて座のはずでしょ?メアドだって1211って・・・」
「俺は12月11月生まれじゃない。それに俺はそんな単純なメアドにしないよ。あれは誕生日を逆さまにしたんだ。逆さから読むと1121、つまり11月21日が俺の誕生日。」
いて座は11月23日から12月21日生まれの星座、そしてさそり座は10月24日から11月22日が誕生日の星座。
つまり藤代さんはまぎれもなくさそり座ってことだ。
「じゃあどうして今までいて座だなんて言ってたの?」
「姉貴が星占いを馬鹿にしていた俺に意趣返しで嘘を教えてたからさ。俺は星占いなんて興味ないし、占星術師の姉貴が言うことだから、そう信じ込んでた。だから俺が千鶴ちゃんとのことを相談して、初めて姉貴は自分がしたいたずら心を反省し、今日やっと俺に本当の事を打ち明けたってわけ。ちゃんと確認しなかった俺も悪いけど。」
「そ、そうだったのね・・・。」
まさかの真実に、私はへなへなと身体の力が抜けてしまった。
「でもどうしてパープル☆星羅先生がお姉さんだってこと、隠してたの?」
藤代さんは少し間を置き、照れくさそうな顔をした。
「言えるかよ。星占いなんて信じていないって言っておきながら、パープル☆星羅にうお座女子の攻略法を教えてもらってたなんてさ。」
そっか。藤代さんも実は星占いを参考にしていたのね。でも・・・
「星占いの相性も最高だなんて、やっぱりすごく嬉しい!」
そう言って私は藤代さんの首に腕を絡ませ、唇にキスを落とした。
「俺も嬉しかった。いつも冷静な千鶴ちゃんが取り乱して俺に真剣な想いをぶつけてくれたこと。・・・千鶴ちゃん、もう俺に恋してる?」
私は悪戯っ子のように微笑む藤代さんの瞳をじっとみつめた。
「恋してる。いて座のあなたでも、さそり座のあなたでも、恋してる。藤代さん、こんな私で良ければ、これからもずっとお付き合いしてくれませんか?」
藤代さんは私の肩を優しく引き寄せ、耳元で囁いた。
「もちろん。一緒に入る老人ホーム、考えといて。」
今夜家に帰ったら、クローゼットにしまい込んだ星占いの本を、また本棚に戻そうか・・・。
fin
藤代さんの馬鹿。
もう知らない。
絶対に許さないんだから。
駅の改札を抜けようとした瞬間に、腕を掴まれた。
振り向くと藤代さんが息を切らしながら、大きく肩を上下させていた。
「掴まえた。」
「・・・・・・。」
「陸上部だった俺から逃げられると思うなよ。」
追いかけて来てくれた嬉しさと不安と怒りがごちゃまぜになって溢れ出す。
気が付くと、藤代さんのダウンジャケットの胸元にしがみついていた。
「・・・好き。藤代さんが好きなの。」
「・・・俺も千鶴ちゃんが好きだよ。」
「だったら私だけを好きでいて!他の女性のことなんて見ないで!」
「そのことだけど・・・」
藤代さんはおもむろに、持っていた黒のリュックの中から一冊の本を取り出した。
それはパープル☆星羅先生が書いた星占いの本だった。
「千鶴ちゃんが見たのって、この女だろ?」
藤代さんが本のページをめくると、巻頭カラーでパープル☆星羅先生らしき女性の顔写真がドアップで載っていた。
その美しい笑顔は、まぎれもなく藤代さんと一緒にお茶を飲んでいた女性だった。
「え・・・藤代さんとパープル先生が恋人同士・・・?」
「なわけないだろ?パープル☆星羅の本名は藤代紫。俺の姉貴。」
「パープル先生が、藤代さんの・・・お姉さん?!」
私は驚きのあまり言葉を失ってしまい、口を開いたまま固まってしまった。
「この本、パープル☆星羅のサイン入り最新刊。千鶴ちゃんにあげようと思って持って来た。それにしても千鶴ちゃん、パープル☆星羅の信者なのに姉貴の顔知らなかったの?最近メディアの露出も多いらしいけど。」
「チェックしようと思ってたけど、忘れてたの。私が持ってる本にはパープル先生の顔写真なんて載ってなかったし・・・。」
「最近になって顔写真付きの本にしたんだと。その方が本の売り上げがいいからって。」
藤代さんはそう言って肩をすくめた。
「姉貴のヤツ、俺が今日大事なデートだって言ったら、アンタに大切なこと教えといてあげるって直前まで俺に付いて来たんだよ。歳が離れているからっていつまでもベタベタしやがって、友達にもシスコンなんて言われて迷惑してるんだ。・・・で、その大切なことが何かっていうと・・・」
私はごくりと息を飲んだ。
「・・・その前に俺の部屋で、お互いの身体を温め合わない?」
「・・・え?」
「もう無理。さっき俺にしがみついてきた千鶴ちゃんが可愛すぎて・・・今すぐに千鶴ちゃんを抱きたい。」
瀟洒な高層マンションの12階に藤代さんの自宅はあった。
先ほどからずっと無言なまま、それでも繋いだ手は離さずにエレベーターへ乗り込む。
エレベーターの扉が上昇し、気圧の変化による浮遊感とこれから行われる甘い予感に身体がふわふわする。
まるでいつかの海月みたいに。
繋いでいた手はいつの間にか腰に回されていた。
藤代さんの部屋に着き、玄関でパンプスを脱ぐのももどかしく、藤代さんの強引なキスが始まる。
しばらく音を鳴らしながら唇を吸われた後、舌でその唇をこじ開けられ、その舌は私の口の中を隈なく泳ぐ。
ふいに唇が離れると、藤代さんは私を抱き上げて、寝室へと運んだ。
清潔なシーツがかけられたベッドに投げ出され、私の身体に藤代さんが被さって抱きしめられる。
煙草の匂いがするその首筋に私からキスすると、その唇をまた塞がれた。
「今日は千鶴は動いちゃ駄目。俺が全部するから。」
そう言って藤代さんは性急に黒いセーターとチノパンを脱いだ。
☆
情事が終わり、藤代さんは、寝ながら煙草を一服し始めた。
終わったあとの男の人の、どこか遠くを見るような気の抜けた顔は、最中よりもセクシーで好きだ。
ベッドの上の藤代さんはちょっとSで私はちょっとM。
身体の相性も最高。
やっぱり星占いなんて当てにならない。
そうだ。まだ藤代さんに聞いていないことがあったんだわ。
「ねえ。大切なことってなに?もう教えてくれてもいいでしょ?」
私は藤代さんの裸の胸に顔を押し付けながら、甘えるようにそう尋ねた。
「ああ。」
藤代さんは煙草を灰皿に押し付けると、私を抱きしめながら髪を撫でてつぶやいた。
「俺、どうやらさそり座らしい。」
「・・・・え?今、なんて?さそり座って聞こえたけど。」
私は驚きのあまり上半身を起こした。
「うん。さそり座って言った。うお座と同じ水の星座で相性が抜群にいいんだろ?」
「・・・でも藤代さん12月11日生まれなら、いて座のはずでしょ?メアドだって1211って・・・」
「俺は12月11月生まれじゃない。それに俺はそんな単純なメアドにしないよ。あれは誕生日を逆さまにしたんだ。逆さから読むと1121、つまり11月21日が俺の誕生日。」
いて座は11月23日から12月21日生まれの星座、そしてさそり座は10月24日から11月22日が誕生日の星座。
つまり藤代さんはまぎれもなくさそり座ってことだ。
「じゃあどうして今までいて座だなんて言ってたの?」
「姉貴が星占いを馬鹿にしていた俺に意趣返しで嘘を教えてたからさ。俺は星占いなんて興味ないし、占星術師の姉貴が言うことだから、そう信じ込んでた。だから俺が千鶴ちゃんとのことを相談して、初めて姉貴は自分がしたいたずら心を反省し、今日やっと俺に本当の事を打ち明けたってわけ。ちゃんと確認しなかった俺も悪いけど。」
「そ、そうだったのね・・・。」
まさかの真実に、私はへなへなと身体の力が抜けてしまった。
「でもどうしてパープル☆星羅先生がお姉さんだってこと、隠してたの?」
藤代さんは少し間を置き、照れくさそうな顔をした。
「言えるかよ。星占いなんて信じていないって言っておきながら、パープル☆星羅にうお座女子の攻略法を教えてもらってたなんてさ。」
そっか。藤代さんも実は星占いを参考にしていたのね。でも・・・
「星占いの相性も最高だなんて、やっぱりすごく嬉しい!」
そう言って私は藤代さんの首に腕を絡ませ、唇にキスを落とした。
「俺も嬉しかった。いつも冷静な千鶴ちゃんが取り乱して俺に真剣な想いをぶつけてくれたこと。・・・千鶴ちゃん、もう俺に恋してる?」
私は悪戯っ子のように微笑む藤代さんの瞳をじっとみつめた。
「恋してる。いて座のあなたでも、さそり座のあなたでも、恋してる。藤代さん、こんな私で良ければ、これからもずっとお付き合いしてくれませんか?」
藤代さんは私の肩を優しく引き寄せ、耳元で囁いた。
「もちろん。一緒に入る老人ホーム、考えといて。」
今夜家に帰ったら、クローゼットにしまい込んだ星占いの本を、また本棚に戻そうか・・・。
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