殺すように、愛して。
 は、あ、ん、ん、と引き出されるように俺の口から吐息が漏れ、黛に意識を持っていかれたまま情けない声で喘ぐと、それまで室内に響いていたくちゅくちゅとしたいやらしい音が静かになった。黛が唇を離したのだ。瀬那、と柔らかい声で名前を呼ぶ黛の顔を見ているようで見ていない俺は、垂れ流してばかりだった唾液を自力で飲み込み、口腔に残されていた黛の分泌液を自ら体内に運んだ。喉を通る唾液の存在を感じ、別のアルファに汚された内側を少しでも綺麗にしてほしい、と後付けでぼんやりと願った。狂っていた。

 俺の頬を指でなぞり、指を滑らせ、体を引き寄せる黛は、腕を拘束するネクタイを解き始めた。黛の肩に凭れながら、やっと解放されることに安堵して。小さく息を吐く。そうすると、徐々に焦点が合っていき、視界がはっきりとしていった。それでも体力は消耗したままで、体を思うように動かせない。は、あ、まゆずみ、と縋るように彼の名前を読んだところで何かが解決するわけではないが、例え相手が少しおかしい人でもなぜか名前を呼ばずにはいられなかった。狂っていた。

「下、全く触ってないのに、気持ちよかったね、瀬那」

 ぐらぐらしている俺の制服の襟にネクタイを付け直しながら、俺の涙やら唾液やら吐瀉物やらで制服をどろどろにしている黛が、気持ちよかったね、と情事後のような言葉を口にする。腕を拘束されて、首を絞められて、顔を舐められて、口内を犯されて、無理やり吐かされて、気持ちいいわけがないのに気持ちよかったねと俺の心中を好き勝手に代弁するように決めつけるなんて、一体どういうつもりなのか。黛から見て、俺は気持ちよさそうだったのか。そんな、まさか。こんなプライドを傷つけられる行為を強要されたのに。気持ちいいはずがない。シラフの今は、発情期じゃない今は、正常でありたい。もう、おかしくなりたくない。変わっているのは黛だけだ。
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