殺すように、愛して。
 言い寄られ、顔を触られ、訳も分からずに息が切れる。俺が気づいていない何かに黛は気づいていて、それを自覚させようとする言葉の羅列に心が追いつかず、動揺と混乱を隠せなかった。可愛いね、瀬那。そればかりの黛は、俺の気持ちを推し量ることもせずに、怯えてしまっている俺の顔を両手で持ち上げて唇を重ねた。自分の抱く欲を丸ごと押し付け、諭すような口づけをした黛は、瞳を揺らす俺の髪を撫でながら、口元だけで嗤ってみせる。

 今頃になって予想のつかない身の危険を感じ、あ、あ、と萎縮する俺は、非力ではあったが身を捩って彼から距離を取った。俺の目的は果たせない。こんな状況では果たせるはずもない。床に落としていたカバンの中で眠っている、黛から貰ったルーズリーフは、一生俺の手元に残ってしまうだろう。それが彼の望みなら、彼に囚われた俺は大人しく受け入れるしかなかった。

「怯えてるんだね、瀬那。可愛いね」

 黛は後退る俺を見てもほとんど表情を変えることなくそう言い放ち、俺のオメガ、俺の可愛いオメガ、瀬那に、渡したいものがあるから、ちゃんと受け取ってね、と床に広がる吐瀉物を気にも止めずに立ち上がった。生徒会室の中央に設置されている長机の片隅に置かれていたカバンの前まで歩みを進める。何を考えているのか分からない、気味の悪い黛が俺に背を向けているその隙に逃げ出そうと、ふらふら、ゆらゆら、重い腰を必死に持ち上げ、頼りない足で床を踏んだが、カバンから見覚えのある用紙を取り出して振り返った黛に、軽々と捕まってしまった。
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