殺すように、愛して。

「……ごめん、遅くなった」

　彼らの視線には触れず、気づかなかったことにして。短い言葉で謝った。普通に。平常心のまま。意識して、言い聞かせて、彼らの他には誰もいない教室に足を踏み入れる。大丈夫だろうか。ぎこちなくなってないだろうか。瞬きすら不自然になっているんじゃないかと内心不安になる俺を見つめる彼らの眼差しが、突き刺さる。指摘するべきが否か、悩んでいるようにも見えて。このまま何も言わないでいてくれたらいいのに、と思っても、残念ながらそうはならなかったのは、流石に見過ごせなかったからかもしれない。それ、と一人が自分の首元を指差すと、逡巡して、一拍おいて、それから、恐る恐るといった様子で、続けた。

「黛に、つけられた……？」

　足が、止まる。瞳が、逸れる。空気が、張り詰める。普通に、を、意識していたのに、咄嗟に言葉が出てこず、沈黙。しばらく。誰も何も喋らない。視線は注がれたまま。俺が答えるのを待っているかのようで。唾を飲む音すら響いて聞こえた。

　口を閉ざして、考える。まとまらない。答えが出てこない。心に余裕を作るつもりが、作れていない。黛のことを庇う必要なんてないのに、肯定や否定の言葉も、白々しく誤魔化すような笑みも、何も、正しい台詞も表情も、何も、浮かんでこなかった。どう答えれば、事を荒立てずに済むのか分からない。