殺すように、愛して。
 ぐるぐると文字を変形させながら言われた言葉を咀嚼しても尚、理解したはずなのに理解できない謎のジレンマに陥り、え、と再び困惑の声が漏れてしまう。と、同時に、合点がいった。朝、俺の席に堂々と座っていたのは、何食わぬ顔でその席を利用していたからなのだと。俺が来ても一切慌てず、逃げも隠れもせず、相も変わらず動揺も焦燥も羞恥もなかったのは、黛にとって、それは何もおかしいことではなかったからなんじゃないか。時と場合により、休みの人の席を使うことはあるだろうが、それが常にとなると眉を顰めざるを得ない。一体何がしたいのか。何が目的なのか。きっと誰も何も分からない。

「先生が声をかけても、そうですね、の一点張りで。絶対動かなかった。黛、アルファだし、しかも普通とは明らかに違う異質なアルファだし、そんな奴に気軽に声をかけられる人なんてほとんどいないから、誰も咎められなくてさ。他人の席に座るなっていうルールがあるわけではないけど、ちょっと理解できないよな」

 知らない方がよかったかもしれないけど、あの頭おかしい黛に気に入られてるような鳴海には、ちゃんと伝えておいた方がいいと思って。襲いかけた罪悪感がまだ残っているのか、俺を気にかけてくれる彼が善意で暴露してくれた、あまり好印象は持てない黛の話。生徒会長なのに、彼の良い話はほとんど聞いたことがなく、他人の口から暴かれたこともまた、讃えられるものではなかった。

 後悔してももう遅いが、生徒会長に当選させてはいけない人だったのかもしれない。心にもなさそうなことをまるで本心のようにつらつらと滑らかに話していた彼の言葉に、期待を込めて一票を投じた人はみんな、騙されてしまったのだ。本人は、騙したつもりがあってもなくても、きっと一切良心の呵責を感じていない。嘘を真実のように振り撒くことで被害が出ても、黛は全く意に介さないのだ。人を傷つけても心が痛まない。罪悪感を抱かない。彼は典型的なサイコパスだった。
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