殺すように、愛して。
 黛に怒濤の如く責められ、視界を歪ませながら肩で呼吸を繰り返す。目から口から鼻から、それらの各部位で形成される分泌液を、吐瀉物を飲み込んでいる銀色の手洗い場に垂れ流し、震える手で黛の腕を掴んでやめてと訴えるが、その手は何の意味も成さなかった。

「ほら、見て、瀬那。まだ発情期じゃないのに、発情期を迎えたみたいな顔してる。前兆の時点でこんなにぐずぐずになってたら、本物来た時どうなっちゃうんだろうね。大変なことになっちゃうね」

 饒舌に喋り始める黛に無理やり上げさせられた顔。鏡に映るぐちゃぐちゃな自分の顔。口に指を入れられた、成り下がった間抜けな自分の顔。涙と鼻水と涎で汚れただらしないその顔は、黛にとっては興奮するような、ゾクゾクするような、そんな商材なのだろうか。俺にとっては、矜持を傷つけられ、醜態を晒されているだけに過ぎないのに。

 鏡の中で黛と目が合うと、はっきりと表情には出さずとも、どことなく興奮している様子の彼が、口に入れた指を淫猥に動かし始めた。まだ経験はないが、ディープなキスをされているように錯覚してしまう。これが、舌を使ったキスだと教えられているような感覚。

 足が震えているせいで、黛にほぼ体重を預けてしまっている俺は、彼のいやらしい指使いに翻弄されていた。やめてほしいのに、不快なのに、苦痛なのに、ビクビクと気持ち良さげに反応している体は絶対に狂っている。心は気持ち悪さに抵抗しているのに体は妙な気持ちよさに啼いているだなんて、信じられるはずもないし、信じたくなかった。

 気持ち悪いのに気持ちいいなんて甚だ矛盾しているが、実際問題、体は変な気持ちよさを覚えてしまっていて。気持ち悪いはずなのに気持ちいいのが気持ち悪くて仕方がない。自分の体がおかしくなり始めていることすら気持ち悪くて、今度は違った意味で不快感が迫り上がった。
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