殺すように、愛して。
 いいよ、隣にいても、と由良の希望に応え、それから、ありがとう、といつも心配してくれるお礼を伝えた俺は、多少の余裕ができたくらいの精神状態ではあったが、話しかけてくれた彼とコミュニケーションを取ろうと言葉を続けた。

「……死のうとは、しなかったよ。でも、自殺しようっていう思考を通り越すくらいには、おかしくなってた」

 今も、頭に靄がかかってるみたいで、自分が本当に自分かどうか、漠然としてる。自分の体が汚くて、気持ち悪い。言いながら、俺はまた、言霊がそうさせるように、気持ち悪くなっていた。中に放たれた他人のものがへばりついている感覚がいつまでも消えず、体を触られた感覚もいつまでも残っていた。風呂場で全部洗い流せばこの不快感も拭えるのかもしれないが、そこへ行くにはリビングの前を通らなくてはならないため、両親と鉢合わせてしまう可能性が高かった。例えそれを乗り越えたとしても、結局音で気づかれてしまうのが落ちだ。ゆっくりと入浴することすらままならない。

「……兄さんは、兄さんだよ。死なずに帰ってきてくれて、良かった」

 揶揄しているわけではないその声は、真剣で、繊細で、安堵すら感じているようで。この家では由良だけが、俺に死んでほしくない、生きててほしいと思ってくれている。偽善だなんて思いたくないし、俺が死ねば自分も死ぬつもりだと宣言してみせた由良のことだ。きっとそこに嘘はない。俺は死ねない。由良を道連れにはできない。
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