殺すように、愛して。
後編

1

 見るだけで、触れるだけで、俺を惑わせ、狂わせ、蕩けさせるアルファ。黛。彼といると、彼に迫られると、発情のような症状に苛まれ、黛のことしか考えられなくなってしまうのに、俺と彼は、人生の中で遭遇するのは奇跡だとも言われている神秘的な結びつき、所謂、出会った瞬間強烈に惹かれ合う運命の番というものではないらしい。当然か。それは奇跡の話で、出会う確率は限りなくゼロに近いのだから。こんな身近に運命が落ちているはずもなかった。

 いつだったか黛本人も、遠回しではあったが、二人は運命の番ではないというようなニュアンスを含んだ台詞を口にしていた。運命よりも運命だと。それはつまり、二人に運命的な強い結びつきはないということを逆説的に示唆していたのではないか。現に、初見で彼に惹かれる、というような心理的な変化は一切なかった。

 俺には他に運命の番がいて、黛にも同じく他に運命の番がいる。否応なしに惹かれ合う番に出会ってしまったら、俺になぜか執着している理性的な黛だって、きっと心を乱される。我を失い、運命の番であるオメガの項を噛もうとするかもしれない。黛だって、きっと、運命には負けるのだ。俺も、きっと、抗えない。

 噛んで、噛まれたら、俺と黛の歪な関係は終わる、と思ったが、黛は俺が噛まれたら噛んだ相手を殺すと断言していた。じゃあ、黛が何かの間違いで他のオメガの項を噛んだ場合はどうなのだろう。彼は、自分の番を殺すのだろうか。本能であったとしても、自分が噛んだのに。殺すのだろうか。

 パッと頭に浮かび上がった血塗れの薄暗い情景は、あまりにも生々しくリアルで、黛ならやりかねないと思った。他人の両親に平気で暴力を振るい瀕死にさせた上に、その捨てた人間のすぐ側で気絶するまで俺を壊した黛だ。想像に難くない。
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