殺すように、愛して。
 俺が両親に殺されずに済んでいるのは、人を甚振ることに一切の躊躇がない黛のおかげだろう。いや、疑う余地もなく、黛のおかげで間違いなかった。黛が両親を牽制してくれたのだ。荒々しい方法であったとしても、両親の理不尽な行動を制してくれたのだ。俺の周りに張られたガードを、両親は破れない。超えられない。そもそも、破ろうともしていない。超えようともしていない。俺に対して長年抱いてきたであろう殺意も憤怒も、あの一件で全て消失してしまったみたいに見えて。まるで別人のようだった。

 黛ほどではないが、自分たちも俺に同じようなことをしてきたのに、いざ自分が殴られ脅迫される立場になったら一気に萎れてしまうなんて、とあれだけ俺を威嚇していた両親の落ち込み具合に少し拍子抜けしてしまったが、だからといって、何年もかけてつけられた、深く刻まれた傷が癒えるのかと言えばそんなこともなく、俺は今でも、現在進行形で、両親のことはトラウマだった。いつかまた、何か誤作動を起こして、ハッと目が覚めて、本来の自分の在り方を思い出して、豹変してしまうんじゃないかと気が気でない。手を出されなくなったからといって、油断はできなかった。禁物だった。俺は両親のことが、まだ怖い。

 不安で気を抜けず、自分を保つため、守るために体に包帯を巻くことも、生きるための自傷も、やめられない。やめようと思っても、やめられない。やめたくても、やめられない。やめられなかった。今日も、包帯が、服の下の素肌を覆っている。

 発情で下半身に熱が集中し、雄を、アルファを求めて震えてしまう体を自らの手で掻き抱いた。汗を包帯に染み込ませながら、依然として布団に包まり続けて丸くなる俺のなけなしの理性は、まだなんとか生きている。ぐらぐらと今にも我を失ってしまいそうだが、まだ、まだ、ギリギリ、まだ、生きていた。理性を失いたくないという理性が、極僅かではあるが働いていた。
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