殺すように、愛して。
 黛、黛、黛が欲しい。黛の匂いでもいいから。欲しい。黛を感じたい。黛を感じていたい。黛。黛。黛。黛。黛。本体じゃなくていいから、片鱗でいいから、黛を感じられる何かが欲しい。欲しい。欲しい。黛。黛。黛の私物を、私物だったものを、俺は、持っていた、だろうか。持っていた、ような、気がする。確か。確か。

 脳内を黛に支配される。欲をコントロールできず、俺は見えない何かに引き寄せられるように、苦しみ喘ぎながら布団から這い出ていた。熱くて重い体を無理やり動かしてベッドから降り、力が入らない下肢を引きずって、とろとろふらふらと床を進む。ぼやけていることで潤んでいることが分かる目は机の方を向いており、案の定、迷うことなくそこを目指した俺は、小刻みに震えている手を動かし、回転椅子を無視して引き出しを開け放った。抜けかけている腰をぷるぷるとさせながら持ち上げ、膝立ちになって少しばかり中を探り、透明なファイルを引っ張り出す。そのクリアファイルには、達筆な文字が浮かぶB5の用紙が何枚も挟み込まれていた。全部、全部、黛に受け取らされたルーズリーフだ。返そうにも返せず、捨てようにも捨てられず、結局ファイルに包んで保管してしまっていたのだった。

 黛の筆跡を見つめながら腰を落として床に座り込み、黛、と小さく呟いて中身を取り出す。少しでも黛を感じたいがために紙切れを鼻に押しつけるが、俺の嗅覚は彼の匂いを感じ取ることができなかった。紙に持ち主の匂いが染み付くこと自体あり得ないのかもしれないし、仮にもし染み付いていたとしても、時間が経っているせいでその匂いは薄れてしまっているだろう。どちらにしろ、俺の鼻は黛を探し出せなかった。
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