殺すように、愛して。
 黛、黛、と匂いがダメならばと今度は文字を指でなぞって目で追って、神経で、視覚で、彼を感じようと試みた。黛の文字の感触や彼だけの筆跡が、指先から、瞳から、脳に送られ、陶然とした高揚感を覚えさせる。黛を感じていた。俺は今、ここにはいない黛を、感じていた。黛。黛。黛。黛のことばかり。狂う思考を、狂う行動を、止められない。欲に触りそうになる手を、止められない。黛。黛。触って。触りたい。黛。触りたい。黛。黛。

 理性が砕け散りそうだった。触覚で、視覚で、黛を取り込んでいるはずなのに、いや、逆だ。取り込んでいるからこそ、興奮がはち切れそうになるのだ。触りたい。出したい。気持ちよくなりたい。すっきりしたい。出したい。そうしたところで、そうなったところで、決定的に足りない何かに苛まれるだけだろうに。触れば触るほど、もっと、もっと、欲しい、黛、黛、と貪欲になってしまうだけだろうに。狂うだけだと分かっているのに、我慢、できない。もう、できない。発情が、俺の気をおかしくさせる。発情が。発情が。発情が。発情だ。そうだ、これは、発情のせいだ。発情が、俺を性欲に塗れた化け物に仕立て上げるのだ。これは、俺の、意志じゃない。オメガの発情が、俺に淫らな行動を引き起こさせているだけ。俺は、違う。違う。俺は。こんなことしたくない。したくないのに。発情のせいで、馬鹿になる。黛。黛。黛。助けて。どうにかして。手が止まらない。黛。

 ルーズリーフに載せられた黛の文字を前にしながら、目にしながら、本能に飲み込まれかけている俺は自分で自分に触れていた。涎が垂れそうなほど緩んだ口から、微かな声が、吐息が、漏れる。ビク、ビク、と不規則に跳ねる体は、瞬く間に快楽に溺れ、もう自力では自分を制御できなかった。あ、あ、どうしようどうしよう。気持ちよくて、気持ちよくて止まらない。
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