殺すように、愛して。
 これからずっと、定期的に訪れるであろうこの症状に堪えなければならなくなる。毎日飲んでいた抑制剤は、もしもの時にと常備していた抑制剤は、教室に置いてあるカバンの中で眠っていて。取りに行けるような容態ではないし、今の俺は立ち上がることすら困難だった。

 自力で手も止められない上に、声も抑えられない。頼みの綱だった抑制剤も手元にないため、もうこれで落ち着かせるしか方法がなく、俺は誰もいないトイレの個室で、便器を目の前にそのまま自慰に耽った。

 どうか、どうか、誰も、来ないで。来ないで。誰も、入って来ないで。症状が落ち着くまで、誰も。

 瞼を落とし、情けない自分を見ないようにしたら、体を貫く強い快感に意識が集中した。その享楽に身を任せ、指を加えたまま腰を中心に全身を痙攣させる。発情しているせいだろうか、早くも頭が真っ白になってしまった時、タイミングが良いの悪いのか、トイレに誰かが入ってきてしまった。

 ヒュッと喉に冷たい空気が通り過ぎ、咄嗟に息を潜める。口から抜いた指は濡れていて、皮膚を伝う唾液がたらりと落下した。少しでも体を動かせば気づかれてしまいそうで、息をするのでさえ恐ろしかった。

「連れションとか女子がよくする、こと……」

「……どうした?」

「……え、いや、なんか、入った途端、甘い、匂いがして」

「……」

「……」

「……オメガ、の、匂い?」

「……え、は? オメガ?」

「こんなところに、オメガなんか、いないだろ……」

「でも、なんか、やばい……」

「……出よう。もし本当にオメガがいたら、まずいことになる」
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