殺すように、愛して。
 袋に手で触れて、中身を取り出そうとした時、ふと身に覚えのないものが入っていることに気づいた。息のしにくさに咳き込みながら、薬ではない白い紙切れに目を落としてみると、そこには携帯番号と思われる11桁の数字と簡単なメッセージ、それから、誰かの名前が記されていた。そのフルネームを見た瞬間、目の覚めるような衝撃が走り、え、え、と困惑する。どこかで聞いたことのあるような名前と、覚えのありすぎる名字。ドクンドクンと跳ねる心臓が、不安、焦燥、緊張、混乱を煽った。

【これ見たら連絡して。 黛雪野】

 まゆずみ、ゆきの。マユズミ、ユキノ。まゆずみ。黛。ゆきの。雪野。黛雪野。黛雪野、は、きっと、あの人のことだ。俺を番にした人の、ことだ。黛。雪野。俺の知っている黛と関係のある人なのだろうか。それとも、名字が同じだけの赤の他人なのだろうか。雪野という名前も、確かに、どこかで、聞き覚えがあった。初耳ではない、気がする。どこだったか。いつの記憶なのか。思い出せそうで、思い出せない。モヤモヤ、ムカムカ、ズキズキ、する。本人に聞けば、すっきりするだろうか。記載された番号に、かけてみれば。靄がかった物事が全てはっきりするのだろうか。点から伸びた線が、もう一つの点に繋がって。何かが解明されるのだろうか。

 俺の脳が雪野という名前を記憶しているその理由を知りたいと思っている時点で、いや、もう、あの人の番にさせられ、連絡してと催促されてしまった時点で、電話をかけるという選択を取らざるを得ない。そうしなければならない。そうしなければならなかった。機嫌を悪くさせないように。激怒させないように。上手く立ち回らなければ。番を解消してもらうためにも。使えないと捨てられたら元も子もない。
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