殺すように、愛して。
蒼葉(あおば)

「……え」

『だから、俺の弟の名前』

「……あおば」

『鳴海くん、蒼葉と名札の色一緒だから同級生だろ』

 クラスも一緒かどうかまでは知らないけど。身構えていた俺の耳に、然して躊躇いもなく告げられた、覚えのある短い音が届いた。あおば。あおば。ぼそりと呟く。あおば。確かめるように呟く。あおば。黛の下の名前は、蒼葉だ。蒼葉。蒼葉。黛蒼葉。黛雪野と黛蒼葉。ほぼ確定だったものが、ほぼを蹴散らされ確定になった瞬間だった。

 雪野の弟は、校内で俺に最も近しい人物でもある黛だ。仲が良いわけではなく、なぜか執着され、気に入られているだけの歪な関係。先が鋭く尖った大量の矢印を向けられているために、軽く適当にいなすこともできずに全身に突き刺さって。結局流されてばかりの麻薬のような関係。黛を前にすると、俺はいいように扱われてしまう。見えない糸で操作されるように、それこそ傀儡になってしまったかのように、心を奪われてしまう。それで満たされてしまっていることに気づきたくないのに、気づかざるを得なかった。黛に触れられるのと、黛以外に触れられるのとでは、満足度、俺の中に潜む本能的な満たされ具合が桁違いなのだ。こんな形で、その事実を自覚させられてしまうなんて。

 俺は黛の何で、黛は俺の何なのか。考えても、何も出ない。出てこない。湧いてこない。すぐに答えを導き出せるほど甘い問題ではないようだった。いつまでも解けないから、解らないから、解けないまま、後にしようとすっ飛ばして、考えることを放棄する。考えたくないから放棄する。結果、時間切れ。解を見出せずに、白紙のまま、ずるずると黛に引き摺り込まれていく。俺と黛の関係は白紙で、白紙だから、何でも好きに書き込めてしまうのだ。黛はそこに何を書いているのだろう。あの意志の強そうな達筆な文字で。
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