殺すように、愛して。
「待ってたよ、瀬那」

 黛だった。こんなことをするのは黛しかいなかった。首を緩く絞めながら、なんなく唇を奪うような人なんて。彼以外に考えられない。でも、なぜ、彼がここにいるのか。なぜ、キスをしたのか。なぜ、首を絞めているのか。もしかして、全部、知られてしまったのだろうか。気づかれてしまったのだろうか。自分の兄が、俺の項を噛んだこと。俺が黛以外のアルファに噛まれてしまったこと。番が成立してしまったこと。

 目覚めたばかりの頭ではなかなか整理ができず、手に負えず、息苦しさがまた、思考を鈍らせ、なぜ、どうして、まさか、と疑問と予感ばかりがぐるぐると回り、混乱へと導いていく。罰として、このまま殺してもらえるのかもしれない、という狂った淡い期待にも似た感情をひっそりと侍らせながら。

 まゆずみ、と声を出そうとするが、喉を押さえつけられているせいで弱々しい吐息しか出てくれなかった。瞳孔の開いている彼の視線を浴びながら、その目から感情を読み取ろうとするが、読めない。何を考えているのか分からない。でも、そんなの、殺してくれるのなら、別にどうでもいいんじゃないか。自分で死ねないのなら、他人に殺してもらうしかないんじゃないか。芽生えた疑問も、どうせ死ぬのなら、息の根を止めてくれるのなら、解決できなくたっていい。もう、全部、全部、どうでもいい。どうでもよくなってくる。そんな中でも、黛の手を汚させてしまうことだけが気がかりだったが、仕方がない。このまま、殺してくれていいから、黛。死に損ないの俺を、殺して、黛。
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