殺すように、愛して。
「ごめん、兄さん……、これで、楽にして目を開けても、何も見えないはずだから」

 口癖のように謝って、俺を呼ぶ由良の声が耳に届いた、その刹那、意識して瞼を下ろし、何も見ようとしていなかった俺の目元に温かな何かが触れた。予期せぬ事態に肩が揺れたものの、それが由良の手のひらだと分かると、思わずその状態のまま、手で目隠しをされた状態のまま、彼のいる方に少しだけを顔を向けた。無論、目を開けたとて、彼の顔を窺い見ることはできないが。

 吐いた痕跡の残っているであろう汚れた唇を閉じることもできず半開きにして顔を上げると、背中を摩ってくれていた由良の手が、一瞬だけ止まった、ような気がしたが、すぐさま襲いかかる吐き気に思考を奪われ酩酊し、細かいことを考えられなくなる。便器の中に、また、吐いた。目隠しをされたまま背中を摩られ、何度も嘔吐しているこの現状に、悪いことをしているような、されているような、そんな気分にすら陥りかける。由良にそのつもりはないだろうに。由良は善かれと思って俺を包み込んでくれているだろうに。

 いつでも俺と同じ目線に立って向き合ってくれる由良には、雪野のスマホを通して電話に出た黛に告げられたことを全て、当日のうちに包み隠さずに話していた。ダメ元で雪野に電話をしてみたら黛が出たこと。そこで彼の考えを一方的に打ち明けられたこと。そしてそれを受けた俺の見解を。自分たちがしていたことは何の意味もなかったのだと。雪野との関係を切ることができたところで、黛が雪野を殺すことは変わらないのだと。噛んだ奴を殺すと言っていた黛の言葉を自己解釈して勘違いしていたのは自分なのだと。黛は嘘は吐いていないのだと。自分のせいで黛が手を汚してしまうのだと。
< 255 / 301 >

この作品をシェア

pagetop