殺すように、愛して。
 俺のせいで完全に眠気が吹き飛んでしまったのか、由良は自分の部屋に戻ることもせず、黙り込んだまま屈む俺に疑問を投げかけてきた。下手に出て俺の顔色や機嫌を窺うような遠慮がちな声を出す彼を振り返り、でも、なぜか、目を合わせて話ができなくて。拾っていたスマホに視線を落とす。どんなに黛のことを考えても、当然一切の反応を示してくれない四角いそれを見つめたまま腰を下ろし、少し冷たい床に尻をつけて膝を抱えた。由良は何も言わない。その場を立ち去る気配もない。俺の言葉を待っている。その返答次第で、由良の次の行動が決まるとでも言わんばかりに。そして、俺は、結局、心優しい由良に、縋ってしまうのだ。

「動悸がして目が覚めて、なんとなく項が気になって、もしかしたらって、衝動的に、雪野の番号に電話かけた。でも、だんだん気持ち悪くなってきて、強烈な吐き気に襲われて、それで、電話を切ることすら忘れて、呼び出し音を響かせたままトイレで吐いた」

 俺は、雪野との番が解消された、その反動なんじゃないか、って思ってる。胸に燻っていた、そうだと言い切ることができないでいた結論が、俺と由良のいる空間を満たして、かと思えば静かに溶けて消えた。沈黙。重たい、沈黙。解消されたということは、雪野が死んだということだ。黛が殺したということだ。俺は何もできなかったということだ。俺は何もしなかったということだ。

 悲しいとか、悔しいとか、苦しいとか、そんな偽善じみた感情を抱いて涙を流すような良い子のふりをする悪い自分よりも、したかったことを何一つ成し遂げられなかった、あまりにも無力で、おまけに気力すら失っているような空虚な自分が、その静寂の中に居座り、そこに、ぽつんと一人、残っていた。人の生死が問題となっているのに、ほとんど心を動かされない。雪野が命を落としたんじゃないかという限りなく事実に近いであろう想像をして、でも、想像をするだけで、終わっている。雪野よりも、黛。頭の片隅にも、心の片隅にも、常に黛がいる。そうだ、俺は。黛さえ無事なら、それでいいと思ってしまっているのだ。
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