殺すように、愛して。
 頷いた俺を見て、静かに歩みを進めてくる由良を前に、俺は思い出したように首に巻いている包帯を解こうとした。が、待って兄さんそのままでいい、と焦ったような由良に制止され、きょとんと彼を見上げる。包帯があるとうまく匂いを嗅ぎ取れないんじゃないかと思い、完全な自己判断での行動だったが、由良は、もう一度、言葉を変えて、解かなくていい、と言い聞かせるように続けた。包帯に阻まれないのか聞けば、大丈夫だから、と返される。何か間違いがあってもいけないから、と。間違い、なんて、由良が勢い余って噛んでしまうということだろうか。そう考えて、考えると、ハッとなり、咄嗟に俺は、本能が働くように項を手で隠していた。由良のことは信じているし、仮にもし噛まれてしまったとしても、発情期ではないため何ともない、はずだが、俺と由良の関係が悪い方へ変わってしまう恐れがある。合意の上ではあるが、項の匂いを意図的に嗅がせるということに、遅れて緊張や羞恥が走り始めた。

「ごめん、やっぱりやめよう……」

「いや、いい、ごめん、大丈夫、大丈夫、嗅いで分かるなら、嗅いで、項」

 由良の目にも分かるほど動揺しているのが伝わってしまったらしく、彼は不安げに眉尻を下げた。俺は手で隠してしまっていた項を晒し、大丈夫、いつでもどうぞ、という意味を込めて前を向き、ほんの少し頭を下げる。緊張に体が強張っていた。どうしてこんなに緊張しているのかも、よく分かっていなかった。弟であってもアルファに項を、包帯は巻いたままだが、急所の項を見せるというその行動自体に、反応してしまっているのかもしれない。オメガが死守すべき部位を、噛まれることを望んだ相手以外に自ら晒しているのだから。
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