殺すように、愛して。
 一度はやめようとしたものの、じっと待つ俺を見て意を決したのか、由良が近づく気配がした。空気が揺れ動き、彼が俺の背後で膝を折る、ような動作。手に汗を握り、思わずギュッと目を閉じる。大丈夫、大丈夫。相手は由良だ。信頼できる由良だ。そう言い聞かせるが、当然のようにピークに達する緊張に、全神経が項に集中する。ごめん、少しだけ、我慢、して。さっきよりも明らかに近い距離で届いた由良の声。そして、自然と、だろうか、嗅ぎやすくするため、だろうか、彼が両手で俺の二の腕の辺りを緩く掴み、項に顔を近づけた。のが、分かった。ほんの少し、肩を揺らして。息を詰めるように、硬直。

 しっかり確認するように、音もなく項を嗅がれること数秒。は、と零れ落ちるような由良の吐息を耳にした。徐に、強く閉じていた瞼を開け、彼を振り返る。目が合い、まだ俺の体に触れていた手が、申し訳なさそうにさっと退けられる。兄弟の距離感に戻るような感覚。結果はどうだったのだろうと尋ねる前に、由良がこくりと、自分の中で納得したように一つ、頷いて。遂行した業務の結果を報告するように、はたまた秘めていた胸の内を吐き出すように、落ち着いて、俺の目を見て、深い息を吐いて、酸素を取り込んだ。

「匂い、濃くなってたから、今、兄さんに、番はいない」

 いない、と断言され、ああ、やっぱり、雪野は死んだのか、と他人事のように考えて、そんな自分の思考回路に俯く。事実をそのまま告げてくれたであろう由良も、黙りこくる。人の死が関わっているために、願望が叶って歓喜する、というわけにもいかないのは、彼も一緒のようだった。
< 262 / 301 >

この作品をシェア

pagetop