殺すように、愛して。
 黛に殺してくれたら、と思わなかったわけではないのに、いざ実際にそうなってしまうと、人の死を祈ったという消えない罪悪感に苛まれる。喜ぶことも、悲しむことも、できなかった。何も思わず、雪野が死んだという予想していた事実を受け止め、受け入れるだけ。

「本当に、項の匂い、で、分かるんだ」

 疑っていたわけじゃないけど。通夜の真っ只中のように重苦しい空気に耐えかね、気を紛らわせるように他愛のない話に意識を向ける。向けさせる。由良は少し遅れて、うん、と頷いた。そして、早口に付加した俺の言葉に、信じるも信じないも、兄さんの自由だよ、と大人な回答を並べてから、続けた。

「番ができる前と後で、フェロモンの匂いの濃さが全然違う。番がいると、それが薄い。でも、番がいなかったら、それが濃い」

 言わなかったけど、抱き締めた時に、気づいた。耳を傾けながら抱きかけた、以前にも由良に項の匂いを嗅がせたことはあっただろうか、という疑問が、黙っててごめんとでも言うように付け加えられた言葉ですぐに解決した。そういうことか、と腑に落ちる。だから由良は、断言できたのかもしれない。事が起きる前後の匂いを知っていたから。そのおかげで、今回の匂いと比較することができたんじゃないか。きっと、そうだ。そうに違いない。放つ匂いを、フェロモンを、自分で調節することなんてできるはずもないし、由良の声色や表情を鑑みても、彼が嘘を言っているとも思えない。彼は嘘を吐かない。なぜかそんな、揺るぎない自信だけはあった。
< 263 / 301 >

この作品をシェア

pagetop