殺すように、愛して。
 由良は人一倍鼻が利くアルファってことかな。深夜テンションのように、妙に明るく、自分の鼻に指先で軽く触れて口にしてみせる。由良は、俺に限らず、アルファは、個人差はあると思うけど、みんなそうだと思うよ、とアルファではないオメガの俺の反応を窺うように言葉を選び、視線を逸らし、自信なさげに小さくなって、謙遜して。例えば、兄さんに近い人物で言えば、黛先輩とか、と自分の話題から意識を逸らすように黛の名前を出した。自分は苦手だと、以前さらりと吐露していた黛の名前を。

「黛先輩は、恐らく、他のどのアルファよりも能力が高い。俺よりも断然、鼻も利くと思う」

 俺よりも、と言われ、黛は由良よりも匂いに敏感なのか、と思うのと同時に、そういえば、言われてみれば、とふと気づく。黛は、俺がオメガであることをずっと知っていて、気づいていて、その上で、初めて発情期を迎えた日、そうなる前に、確か、匂いがきつくなっていると、唐突に声をかけてこなかったか。当時、黛に項の匂いを嗅がせたことなんてないし、それまでは過度な接触もなかった。にも関わらず、匂いの違いに気づいたということは、由良の言うように、彼の嗅覚は他のアルファよりも優れているということではないか。

 他にも、その証拠のような、裏付けるような、そういった出来事が、芋づる式のように、はたまた道連れとなって引っ張り出されるように、脳裏に浮かぶ。ああ、そうだ。あまり記憶を呼び覚ましたくはないが、見ず知らずの男たちに輪姦された後、公園に捨てられくたびれていた俺を見つけた黛は、他のアルファの匂いを感じ取ったからこその言葉を吐いていた。ような気がする。俺以外の匂い、いや、黛の口調は明らかに臭いで、その臭いを消して綺麗にするためだとそれらしい理由を取ってつけて、彼は俺の頭上で水の入ったペットボトルをひっくり返したのだ。黛には感じ取れた臭いを不快に思い、その臭いを纏った俺を綺麗にするために。
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