殺すように、愛して。
 もう発情期が原因とは言えなくなっていた。黛は俺を選び、俺は黛を選ばざるを得なくされていて。気づかぬうちに選択肢を削り取られ、黛でなければ満足できない体にされていたのだ。目が醒めた時にはもう、繋がれた鎖は重く俺にまとわりつき、逃げようとしても、鎖が邪魔で身動きが取れない状態になっていた。次第に逃げる気力すら喪失し、傀儡のように黛を受け入れ、自ら黛を求めるようになり、黛の胸の中でうっとりとする自分がいた。安堵してしまう場所だった。香りだった。体温だった。まゆずみ。まゆずみ。まゆずみ。

 通話はまだ続いていて、でも、黛からの言葉は何もなく、無音の時間が続いていた。まゆずみ。まゆずみ。まゆずみ。何も聞こえない。まゆずみ。あまりにも静かすぎるため、そうか、もしかしたら、ミュートにしているのかもしれないと思いつく。そうした状態で、俺のボソボソとした呟きを聞き、音声のみで様子を窺っているのだろうか。まるで盗聴されているような感覚が背中を走り、あ、と声が漏れ視界が柔く弾ける。切ることもできたのに、自分からはできるはずもなく、俺は黛に聞かれていると思いながら、それを意識しながら、彼の名前を呼び続けた。黛は何の返答も寄越さなかった。心臓が喧しく鳴るほどの興奮は、いつまでも続いていた。

 何もせず、無音なのにスマホの位置もずらさず、じっと黛を待ち焦がれ続けること数分。背後の扉が、ノックを三回知らせた。僅かに肩を揺らす俺の耳に、兄さん、と由良の声がする。人の気配が近づいていたことに気づかないほど黛に酔っていたらしく、呼びかけへの返事が遅れた。いや、できなかった。由良が、それを待たずに用件を述べたから。
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