殺すように、愛して。
「俺、少し、出かけてくるね」

 どこに行く、とは言わず、でも、勝手に出て行くこともせず、外出することだけを伝えて。扉を挟んだ場所にいる由良は、俺の返事を聞くことなく静かに立ち去った。そんな気配がした。彼は平然としている様子だったが、どことなく沈痛さすら感じる声色で。また、気を遣わせてしまっている。俺の所業のせいで、そうさせてしまったと、由良を深く傷つけてしまったと分かっているのに、俺はまたしても同じことを繰り返そうとしてしまっていた。自分の欲を抑えられずに。黛に毒された心が、第三者の由良の存在を引き止めようとする。

 黛と電話が繋がったままスマホを握り締め、ドアノブに手をかけて廊下に顔を出す。由良、と喉を震わせた俺の声に、だろうか、それとも扉の開く音に、だろうか、階段を下りかけていた由良は立ち止まり、振り返った。目が合うが、すぐに顔を逸らされる。俺はのろのろと立ち上がり、廊下に足を踏み出した。俺は今、どうかしている。由良がいてくれなければ興奮素材が減ると、まるで彼のことを都合のいい道具のように利用しようとしているのだ。最低だった。最低でも、欲求には抗えなかった。だから、最低だった。

「由良、すぐ帰っ」

「嫌いだ」

「……え?」

 言葉を遮られ、文字通り、え、と由良を見つめる。由良は逸らしていた目を俺に向け、意を決したように、開き直ったように、ゆっくりと息を吐いた。吐いて、俺から逃げずに、ちゃんと向き合うように、俺に歩み寄って来る。漂う緊張感にごくりと唾を飲むが、それで高揚感が落ち着くことはなかった。スマホを握り直す。黛は耳にしているだろうか。俺と由良の会話を。
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