殺すように、愛して。
 僅かな睡眠を摂ったところで、何も解決はしていないが、何も変化はないが、空腹を感じるくらいには心に隙間を作ることができている。昨晩から何も口にしていなかった。

 上体を起こして、少しぼんやりとして。それから、着替えようとしていたことを、ふと、なんとなく、寄り道している道中でいつの間にか忘れてしまっていた本来の目的を、あ、と何の前触れもなく突然脳裏を過るように思い出し、俺は黛のタオルを手にしたまま、引きずってばかりいた膝を使って立ち上がった。腰も抜けず、床を踏む足の力も多少は回復していた。発情期も、まだ軽い動悸や息切れはするものの動けなくなるほどではないため、症状的には落ち着いていて。抑制剤の効果が発揮されているのかもしれない。

 普段着として着ている適当な服をタンスから引っ張り出し、包帯を隠すように、皮に皮を被せるように身につけた。ズボンのベルトを外し、脱ぎ、それも一緒に履き替えて。汚されて破かれた自分の抜け殻を掻き集める。

 布の類を持って廊下に出た俺は、そこに置きっ放しにしてしまっていた抑制剤や水の入ったペットボトルも手に取り、のろのろと階段を降りて一階へ向かった。

 俺の姿を見る度に嫌悪感を露わにする両親の息遣いや生活音、気配がないのは気が楽だった。二人はまるで何事もなかったかのように普通に仕事に行っているのだろう。由良が、由良だけが、学校に行かずに俺を案じてくれていたようで。欠席させてしまうほど心配をかけさせていたと自分を真ん中に置いて思うのは自意識過剰かもしれないが、由良の言動を反芻すればするほどそう思わずにはいられなかった。
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