殺すように、愛して。
 リビングの方から微かにアルファの匂いが漂っている。抑制剤の効果もあり、発情が酷くなることはなかったが、一切反応しないというわけでもなかった。胸を押さえ、動悸を落ち着かせるように深呼吸をして。ひとまず制服を洗おうと脱衣所にある洗濯機に持っていた服を放り込み、流れで一緒に入れようとしていたタオルを見てハッと手を止める。これを洗ってしまったら、黛の匂いが薄くなってしまうかもしれない。結局は洗って返さなければならないが、発情期が終わるまでは、と取って付けたような理由でタオルを手元に戻した俺は、自分の制服だけ洗濯機で回した。

 機械が作動するのを見ながら、あ、あれ、俺、今、とついさっき何の疑問も持つことなく抱いた自分の思考に目を瞬いた。しばらくその場に立ち尽くす。立ち尽くして、それほど賢いとは言えない頭をフル回転させたら、視線が自然と手に持つタオルに向けられた。黛のもの。黛、の、もの。

 あまりにも自然に、それこそ無意識に、俺は黛の匂いが薄くなることを懸念した。タオルを受け取ってから遠慮もせずに堂々と匂いを嗅いで、おまけにあらぬこともしでかしてしまったが、それは理性が緩んでいたからで、きっと、そうで。少しは正気に戻った今は別に、黛の匂いなんて、別に、なくたって、いいのに。洗って、すぐに返せるように保管して、置いておけばいいのに。それか、由良に任せるとか、いろいろ、方法は、あるのに。ある、のに。どうして。手放せない。

 アルファの匂いが欲しければ、由良に頼み込んで服の一枚くらい借りれば済む話だが、同じアルファでも黛の匂いの方が好みで。由良よりも黛。黛の方がいい。飽きもせずにタオルを鼻に押し当てる。黛の方がいい。
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