殺すように、愛して。
 硬いコンクリートの上を足早に歩き、ほとんど顔を上げることなく行き慣れた高校へとまっすぐ向かった。その道中、大人とすれ違うことはあっても、同じ制服を着た学生とは出会わなかったことに息を吐きつつも、まだ気を抜くわけにはいかない、いや、学校に足を踏み入れるのなら、ずっと気を抜くわけにはいかない、と俺は緩みかけていた警戒心を今一度張り巡らせて。見えてきた校門をそそくさと抜けた。咄嗟に辺りを盗み見る。目の届く範囲には、生徒の姿も教師の姿もなかった。

 今だ。今のうちに。朝やるべきことの全てを終わらせて。何事もなかったように教室にある自分の席に座っておこう。俺の姿を目にするなりこそこそと耳打ちされる可能性はあるが、それだけだ。よほどのことがない限り、誰も俺に話しかけてこないはず。オメガであることに引け目を感じ、多大なコンプレックスを抱き、それにより人と関わることを避け、友達と呼べる特定の人を作ってこなかったから。

 誰かに会うこともなく辿り着いた生徒玄関をそろそろと覗き込む。明らかに不審な行動をとってしまっているが、人目を気にし始めてしまった以上、堂々と姿を晒すことなんてできやしなかった。そんな自信、俺にはない。持ち合わせていない。

 全校生徒の履き物が、扉のない箱の中にしまわれたその付近には、まだ、誰の姿もなかった。一年生。二年生。三年生。靴。上履き。静止。誰もいない。いない。いなさそうだ。よかった。
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