殺すように、愛して。
「あの、まゆず、み……」

 困惑しながら催促するように呼びかけると、それまで微動だにしていなかった黛の手が、ゆっくりと俺に向かって伸びてきた。あ、やっとタオルを返せる、と僅かに気を緩ませてしまったところで、その手が俺の手に持つタオルを通りすぎて。え、と文字通り本当に俺に迫ってくる黛の手に情けない声を漏らし、そのまま彼の手が、まるで俺を脅かすように、いや、最初からそのつもりで手を出したかのように、俺の制服のネクタイの結び目を掴んでグイッと引き寄せた。油断していたために上体を持っていかれ、反射的に机に両手をつく。畳んでいたタオルを下敷きにしてしまったが、それよりも、黛の吐息が首にかかるほど距離を縮められたことに意識が向いてしまう俺は、同じく自分までもが黛の首に息を吹きかけているような体勢に困惑するだけで、何の対応もできなかった。黛の引く力が強すぎる。首への負荷も大きく、黛の体に触れないようにするので精一杯だった。

 ネクタイを掴んで引き寄せたまま、反対の手で俺の無防備な項を触って凝視するような黛の、指先の皮膚の感触や刺さる鋭い眼差しにヒュッと息を呑む。銃口や刃物で急所を突かれてしまったような緊張感や焦燥感が、俺の胸や頭を覆い尽くした。黛の声が首元にぶつかる。

「ああ、やっぱり。誰にも噛まれてないし、噛ませてもないみたいだね。偉いね。もしここに噛み跡があったら、噛んだ奴を炙り出して殺すところだった」
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