殺すように、愛して。
 よかったね。死人が出なくて。通常運転の柔らかい語尾が、冗談であってほしいのにそう思わせてくれない真面目腐った声音が、嫌な恐怖を煽る。俺の項を撫でる手は優しいのに、襟首を掴む要領でネクタイを握り潰す手は俺の抵抗を阻んでいて。そういうことだから肝に銘じておいてね、自分のせいで人が死ぬのは嫌だよね、と無言の圧力をかけられているかのようだった。首が痛い。

 質問の答えになっていない、全く噛み合わない会話に物申したくても、まるで言葉を奪われてしまったように息を吐くだけで怯んでしまう俺は、またあの時のように、黛に主導権を握られてしまっていた。躊躇なく首を絞めたり暴行を加えたりする黛の非行を鑑みて、彼は人を殺すことすら躊躇いがないんじゃないか。そう思ったら、彼の機嫌を損ねるような迂闊な反抗はできなかった。黛の五指は、いつだって人の首を絞められる。そこに恐怖も罪悪も後悔も良心もない。そう、何もないのだ。何かあるというのなら、高揚、興奮、恍惚、快感。苦しむ俺を見ていた時の彼の瞳孔は、恐ろしいほどに開き切っていた。

「瀬那は俺の、俺だけのオメガで、俺は瀬那の、瀬那だけのアルファだよ。俺は瀬那以外の誰のものにもならないし、瀬那も俺以外の誰のものにもなったらいけないから、これからも項は死守してね。瀬那と俺が番になることは決まってても、俺は瀬那がいいって言うまで噛まないから。その代わり、誰かに噛まれたり噛ませたりしたら、俺は噛んだ奴を殺すから。そうなったら瀬那のせい。俺の手を汚させないでね、瀬那。瀬那がちゃんとしてれば、俺は誰も殺さずに済むから。瀬那の番は俺だよ。俺の番は瀬那だよ。瀬那。俺の瀬那」
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