殺すように、愛して。
 力が抜け、視界が暗転しそうになったところで、ふ、と突如、首にある全神経を通して感じていた強烈な圧迫感から解放された。大量の酸素が喉を通り過ぎて肺に回る。そのあまりの勢いに俺は激しく噎せながら膝から崩れ落ちた。埃の被った床に座り込み、嘔吐きそうな咳に苛まれながらも、胸を押さえ必死に呼吸を整える。止まりかけていた心臓が遅れを取り戻そうするかのようにうるさく音を立て、ぐらぐらとする頭が吐きそうなほどの気持ち悪い痛みを訴えた。首が熱い。喉が熱い。体が熱い。

 息苦しさに涙を流し、唾液を飲み込む余裕すらなく、まるで過呼吸のようにゼーゼーと息を乱していれば、それまでさも当然のように他人の席に座っていた黛が俺の側までその足で近づいて屈んだ。伸ばされた手が涙で濡れた頬を撫で、命を握られたことで神経が過敏になっている首の輪郭をなぞり、そして、胸を押さえる俺の手を気にも止めずに、黛は、緩んで乱れた、自分が緩ませて乱した俺のネクタイを、歪んでるよ、とでも言わんばかりに、何食わぬ顔で締めて整えた。

 二度も殺されかけてしまったせいでビクッと肩を揺らして怯えてしまう俺の髪にすら指先で触れて梳く黛は、首を絞めたことに対して罪悪感を抱いている様子はなかった。感情的になって思わず絞めてしまったわけではなくて、絞めたい絞めよう別に殺意はないけど絞めたい気分だから絞めようという確実な意思が黛の中にはあったんじゃないか。だから、平然としていられるのだ。黛からは申し訳ないといった感情は微塵も感じられず、見え隠れすらしていなかった。
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