社長は身代わり婚約者を溺愛する
「どこに行くんだ?礼奈。」

「芹香に頭下げてくる。」

「芹香さんって、あの沢井薬品のお嬢様の……」

「そう。」


沢井芹香は、指折りの薬品会社のご令嬢で、大学からの友人。

私が実家の工場で働いていて、貧乏な暮らしをしているのも、知っている。

知っている上で、私と仲良くしてくれているし、援助もしてくれている。

普通の友人関係とは違うと思うけれど、これしか方法がないんだから、仕方がない。


「いつも、苦労かけるな。」

お父さんの言葉を聞いて、何も返事できなかった。

私はジャンパーを脱ぐと、お父さんから仕入れの請求書を受け取った。

「ちょっと、外に出てくる。」

そう言って工場の外に出て、自転車にまたがった。

芹香の家は、自転車で15分くらい。

家同士が割と近いのも、仲良くなった理由の一つだった。


自転車を漕いで、爽やかな風が当たる。

この時は、まさか芹香からあんなお願いをされるなんて、思ってもみなかった。
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