社長は身代わり婚約者を溺愛する
私はタクシーが角を曲がるまで、手を振った。

「ふぅー、よかった。何事もなくて。」

私が、安心したのも束の間だ。

「何が?」

芹香の声がして、後ろを向いた。

「芹香!」

そこには、家にいるはずの芹香の姿があった。


「礼奈が男の人と一緒にいるから、からかおうとして来たのに。どういう事?」

「あ、あの……」

「あの男の人、信一郎さんって言ってたわよね。確か、この前のお見合いの相手、黒崎信一郎さんって言った。同一人物?」

「芹香……」

私は一歩、また一歩、後ろに下がった。

どうしよう。この状況を、どう説明すればいいの?

「……ううん。名前はたまたま、一緒なだけで。違う人。」

「それに礼奈の事。芹香って呼んでた。」

「それは……」

頭がくらくらする。

私は近くのコンクリートの壁に、手を着いた。


「はっきり聞こえたんだから。芹香、愛してるって。」

私は、そのままその場に、座り込んでしまった。
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