海色の世界を、君のとなりで。
真っ暗な玄関には一足の靴が綺麗に揃えられていて、心の中で、やっぱり、とため息をついた。
落胆に近いけれど、これはもはや諦め。
期待の欠片すら、そこにはなかった。
「ただいま……」
無駄だと分かっていても、一応リビングに顔を出す。
電気もエアコンもついていない部屋の中で、お父さんが一人、静かに座っていた。
カラカラ、と年季の入った扇風機がらしくない音をあげて回るのが視界に入る。
わたしの声にゆっくりと振り返った父の顔は、暗くてよく見えない。
助かった、と思った。
「おい、凪海」
自室へ行こうと身をひるがえした途端、飛んできた声にビクリと肩が跳ねる。
久しぶりにきいた父の声は、ひどく掠れていて聞き取りづらかった。
驚いて硬直していると、さっきよりも大きな声で再び「凪海」と呼ばれる。
「わたしは……お母さん、じゃないよ」
震える声で言うと、「そうか」と小さな呟きが返ってきた。
ぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような感覚になる。
「……ごめんね、わたしで」
そんな言葉を置いて、自分の部屋に飛び込んだ。
どんなにいいことがあっても、楽しいことがあっても、その二倍悲しいことや辛いことが増えていく。
学校にも家にも、居場所があるようで、ない。
一瞬でもいいから、すべてから解放されるような場所に行ってみたい。
きっとそこは、以前わたしが望んだ何もない世界。