海色の世界を、君のとなりで。

「……星野」


 近付いた距離は二歩。それだけで、彼が目の前に迫る。

 そのとき。


 ザー、と身体に打ちつける雨。いつの間にか、わたしたちを守るものがなくなっていた。


 コツ、と。

 わずかな音を立てて、水縹は暗いアスファルトに一輪の花を咲かせる。


「……わり。落ちた」


 そう言いつつ、彼はその傘を拾おうとはしない。

 それはわたしも同じだった。


 容赦なく打ちつける雨。風に冷やされた空気。頭上に暗く広がる空。

 わたしたちを包み込むのはそんなものだから。


 明日はきっと、風邪だ。


「やべえ。変人だな、俺たち」

「……そんなの最初から分かってるじゃん」


 互いに顔を見合わせて、同時に噴き出す。

 雨の中、傘を落として立っている。

 お互いびしょ濡れで。


 周りから見たらただのヤバい奴だ。



 でも、それでいい。今だけはそう思われてもいい。


 いっそ全部、流してくれたらいいのに。


 雨音で、包み隠してくれたらいいのに。


 苦しいこと、吐き出したいこと。

 胸に生まれる、この想いも。


 全部、ぜんぶ、なくなってしまえばいいのに。


 もっと降って。

 いっそ、このまま()まなければいい。



 そうすれば、きっと。




(──好き。わたし、星野が好きだ)


 決して抱いてはいけないこの想いも、雨が流してくれるだろうから。
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