海色の世界を、君のとなりで。
「……栞」
「っ!」
リビングを出ようとしていた足を止めて、振り返る。
久しぶりに紡がれた名前は、自分のものなのにどこか他人のもののように聞こえて。
懐かしささえ感じさせないそれは、驚きとわずかな嬉しさをわたしに与えた。
「お父……さ、ん」
「今まで悪かった……しおり」
三音、はっきりと。
わたしの耳に届くように、ひどく掠れて震えた声で、こわごわと紡がれる。
目頭が熱くなって、気付けばじわりと涙が浮かんでいた。
「……おとう、さん」
やっと、名前を呼んでくれた。
わたしを、栞のことを、見てくれた。
色のないその瞳に映してくれた。