海色の世界を、君のとなりで。

「……傘、ないの?」



小さく訊ねると、海の色をした綺麗な瞳が流れてわたしを捉える。


トク、と鼓動が響いたような気がして、思わず傘の持ち手を握りしめた。


無表情で佇んでいた星野は、少しだけ眉を下げて「ああ」と呟く。


周りを見てみると、残っている生徒はもうほとんどおらず、見知った顔はいないようだった。



「……入る?」



もごもごと口を動かして、躊躇いがちに訊いてみる。


「入れろ!」なんて傲慢な態度で言ってきてくれれば、軽口を叩きながらも「しょうがないなあ」なんて言って入れてあげたのに。


何も言わずにそこにいるから、なんだか可哀想に思えて「じゃあね」なんて言ってわたしだけ帰れるはずなかった。



「いいのか」

「だって、このままじゃ帰れないでしょ、星野」



とりあえず断られなかったことにどことなく安堵し、ふうっと小さく息を吐く。


入って、と促すように少しだけ傘を傾けると、「悪い」と呟いた星野は傘に身体を滑り込ませた。
< 91 / 323 >

この作品をシェア

pagetop