媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
2 再会と寂しい涙
『フローラ、ほら、取ってきたぞ』

 クロ様がオランの実を咥えてやってきた。オランの実は酸味のある小ぶりな実で、食欲がない今、ちょうど良い食べ物だ。
 レオがいなくなって三ヶ月。フローラは妊娠初期症状ともいえる吐き気と戦う日々を送っていた。

 クロ様は、魔女がどのようにして血を繋いできたか知っている。フローラが最近体調不良であることに気付いたらしく、何も聞かずに、妊婦が好みそうなものを取ってきてくれるのだった。

「クロ様……ありがとう」
『今は休むことも大切だぞ。薪割りは魔法でしておいてやるから、寝ておけ』
「……はい。クロ様ありがとう」

 そういえば、母も妊娠中はクロ様にお世話になったのだと言っていた。フローラはその話を聞いて、妊娠していた時にはもう、父親は母の側に居なかったのだと悟った。

 母は祖母に比べて夢見がちな人だった。

 よく「貴女のお父様は素敵な人でね」と、父親のことをうっとり語り出すことが多かった。子供を作るだけ作って妊娠中の母を放っておくなんて、『素敵な人』ではないんじゃないかと子供ながらに思っていた。

 しかし、母はいつも「可愛いフローラをあの人にも見せたい」だとか「フローラはお父様と同じ赤い瞳で素敵」だとか、恋する乙女のような発言ばかりしていた。
 母は死ぬ間際も、病に倒れながらフローラにこう言った。

「貴女を一人にしてしまってごめんなさいね。貴女にもいつか、お父様みたいな素敵な人が現れるはずよ。その縁を大切にしてね。幸せになって」

 その言葉に何も答えられず、少しだけ曖昧に微笑むことしかできなかった。だけど。

(お母様、私も、出会ってしまいました)

 フローラは今になって、母の気持ちが分かる気がした。いつかお腹の子が生まれたら、自分が心から望んだ子どもなのだと言い聞かせてあげたい。一人で何人分もの愛情を注いであげたい。彼がどんなに素晴らしい人か教えてあげたい。

(もう二度と会えないけれど)

 でも子に言い聞かせることで、レオとの思い出が色褪せずに大切に守れるような気がしていた。

 だけど、彼の名を子どもに教えてはいけないかもしれない。きっとレオは貴族だ。それもかなり高貴な身分に違いない。後継問題に巻き込まれてもいけない。レオの子どもだとバレないように気をつけて育てなければ。

「レオ……」

 子どもが産まれたら、もうその名を口にしてはいけないから。だから今、音にしておくのだ。そう自分に言い聞かせて、クロ様がいない時に、そっと「レオ」と口に出す。
 たった数日間の、たった一晩の関係だけれど、愛しく思う。会いたいと思う。その気持ちに蓋をしながら。
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