媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
 その後、フローラの悪阻は次第に酷くなり、横になるのも苦痛で睡眠不足になった。身体が弱ると、心も弱っていき、フローラは心身共に衰弱していった。

「レオ……」

 心細い夜に思い出すのは、レオと過ごしたあの数日間のことだ。


『フローラは良い匂いがする』

 もうほとんど治った腕の包帯を交換していた時のことだ。レオが突然そんなことを言い出した。
 包帯を巻いていたので、お互いの顔は割と近い。

『なっ! そっ! そんなこと、ない、です』

 思わず身を引いたフローラの腕を、レオが力強くひいた。そして髪の毛を手に取り顔を近づける。

『何の匂いだろうか。花のような香りだ』
『や、薬草、かもしれません。さっきまで薬の調合をしていたので』
『そうか? 花のような甘い香りだ』
『ちょっと! あまり嗅がないでください!』
『ははっ』

 そう笑った顔が忘れられない。圧迫感のある険しい顔の時もあれば、屈託のないイタズラ顔をすることもある人だった。

 目を瞑れば鮮明に思い出せるあの笑顔。でも、もう少し時がたてば、彼のことを上手に思い出せなくなるかもしれない。それが嫌で仕方なかった。──会いたい。

「レオ……」

 最近はこうしてあの数日を思い出しながら涙することばかりだ。何も喉を通らない。身体を動かす気力もない。衰弱していくのは分かっているけれど、身体が拒否しているのだ。

『大丈夫か?』
「……クロ様……」
『沢の水を汲んできた。何か食べられるか?』

 首を振るフローラに、クロ様は眉を寄せる。

『食べられないのは仕方がないが、水分は摂るべきだ。あと寝ろ』
「……はい。ありがとう、クロ様」

 本当は水も受け付けないが、クロ様が汲んできた水を無駄には出来ないと、フローラは無理をして飲んだ。
 すかさず襲ってくる吐き気に耐えながら、壁に寄りかかり目を瞑る。

『ゆっくり休め────と、思ったが。フローラ、客だ』

 クロ様が何かを察知したようだ。
 フローラは動けないので何も出来ないが、クロ様が窓の外をそっと見る。

『人間だ。敵意は感じない』
「!?」

 フローラは『人間』と聞いて飛び起きた。そして玄関へと走る。しばらくまともに食べていないので、その足取りはフラフラだ。

(レオ……っ!?)

『ちょっ! フローラ!?』

 ガチャ!

 扉を開けると、軍服を着た人間が数人、湖の向こう側にいた。
 飛び出したフローラに気付いた人物が、深々と頭を下げ、それに倣い他の人間達もフローラに首を垂れる。

『前に来た、あの怪我人はいないぞ』

 あとから追ってきたクロ様にそう言われ、フローラは力無く座り込んだ。
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