媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
「魔女殿」

 次に声をかけたのは、この国の国王陛下だった。つまりレオのお父上だろう。レオより少し色素の薄い銀の髪にレオと同じ美しい金の瞳。威厳ある眼差しでフローラを捉えていた。

「レオナルドの命を救ってくださったと聞いた。その礼をしたい。レオナルドはこう言ったが、どうかゆっくりしてほしい」

 その瞳は、『レオの呪いを解くまで居てくれ』と訴えているような気がした。他の臣下も僅かだが控えているので、明言しないようだ。機密事項なんだろうが、レオの体調がすぐれないことは、誰が見ても一目瞭然だった。
 フローラは国王陛下の言葉に小さく「かしこまりました」と答えた。



 フローラは客間に通された。「しばらく滞在を許されたので、その間にレオの呪いを解いてほしい」と言い残し、バルドは立ち去った。
 一人になって思い出すのは、先程のレオのこと。

『森へ帰られよ』

 冷たい目。冷たい声。
 あの日々の、あの夜の、甘くて情熱的な彼はいなかった。呪われているとはいえ、呪いを解いてもきっと、その態度は変わらないだろう。

 だってフローラは、媚薬を盛ったのだ。

 だから嫌われた。もう笑いかけてもらえないことも、キスも、何も出来ないと分かっていた。

──でも。

(こうして目の当たりにすると、辛いなぁ)

 でも会えた。ずっとずっと会いたかった。それだけで、満足しなくちゃ。
 そうして一人、客間で泣いていると、よく知る黒い影が突然現れた。

『よっ!』
「く、クロ様!?」
『フローラのことだから泣きべそかいてるだろうと思って。ほら、今日の分のオランの実』
「…………っ! クロ様っ!」
『おいやめろっ! 人間くさくなる!』

 レオに会って興奮しているせいか、悪阻も少し落ち着いていたので、オランの実を少しずつ食べた。

『フローラ、早いとこ退散した方がいいぜ。ここには何か悪い気を感じるぞ』

 クロ様も呪いを感じ取ったようだ。泣いてスッキリした上、オランの実でサッパリしたせいか、フローラはもう前を向いていた。
 
 レオの呪いは簡単に解けるものでも自然消滅してくれるものでもなさそうだった。だとしたら、このまま放っておくなんて出来ない。もう二度と笑いかけてもらえないとしても、レオの命を救いたい。
 それに、もしかしたら。

「お金をもらえるチャンス……?」
『はぁ?!』
「私の専門は占術でも治癒魔法でもなく、解呪魔法ですよ?! ここで役に立てば、報酬が貰えるかも! そしたらこの子を安心して育てられる……!」

 フローラの突然のひらめきに、クロ様は呆れ顔だ。

『フローラ、お前……。妊婦が解呪魔法使うのは危険だぞ? ヘタすりゃ、こっちに飛んでくるぞ』
「跳ね返してやるわ」
『俺は知らんからな!』

 クロ様はまたどこかへ消えたが、フローラは、今後の育児にかかる経費を脳内で計算し始めたのだった。
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