媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
3 解呪と甘い罠
 次の夜、バルドはレオの寝所にフローラを案内した。
 ただしその部屋の主は、まだ眠っていなかった。

 ソファでゆったりとくつろぐレオは、フローラが入室しても何も言わない。それどころか招かれざる客だと当てつけるような、大きなため息まで聞こえてくる。

「ご、ご無沙汰しています」
「……ああ」

 冷たい声。こちらを見ようともしないその虚ろな目。あの森では太陽のように輝いていた瞳は、濁った暗い色をしている。酷い隈を作り、青白い顔がここ数日の不眠を語っていた。
 そんな状態では当たり前だが、冷酷な態度に胸が苦しくなる。悲しみがゆっくりとフローラの心に降り積もっていく。
 だが今は、レオの呪いを解いて、報酬をもらうことだけを考えるのだと、気持ちを切り替えた。

「殿下にかけられた呪いを解きに参りました。ご不快かと存じますが、手を握らせていただけますか?」

 フローラが控え目にそう伝えると、レオは面倒そうに息をつく。バルドにレオの側へ行くようせっつかれ、フローラは少し緊張しながら、レオに近づいた。

 こんなにも近距離で彼を見るのは、あの森で抱き合ったあの夜以来だ。

 変に意識しないように自分自身を戒めながら、フローラは小さく深呼吸した。そして、レオの目の前の椅子に座る。

「あの、手を」
「……」

 レオは嫌々ながら右手をポンとフローラに差し出す。左手は頬杖をついて、顔は向こうに向いたままだ。

(や、やりずらい!)

 あまりの嫌われぶりに、心の中で苦笑する。
 そして、久しぶりにレオの手を握った。あの夜以来の接触。そうだ。レオの手は大きくて、美しい。フローラのそれとは異なる、ゴツゴツした感触と細く長い指。この手で私は──。

(煩悩退散!)

 自分でも意外なほど、一瞬であの夜を思い出してしまって慌てる。自分の妄想をかなぐり捨てて、深呼吸をする。

「では、参ります」

 フローラは左手でレオの手を握り、右手を自身の腹に添えた。
 手に魔力を込め、細く練り上げて、相手の身体中に張り巡らせていくイメージだ。解呪魔法を展開する。
 
 フローラは決して自分に跳ね返らぬよう、丁寧に解呪する。五分、十分と時は過ぎていき、額には汗がじわりと滲んでいるのが分かる。最近の寝不足と体力不足も影響して、眩暈もしてきた。

「フローラ様、大丈夫なのですか?」
「話しかけないでっ!」

 バルドに声をかけられ悲鳴のようにそれを制止した。
 レオはじっとフローラを見つめている。その瞳はまだ濁った金色。フローラはその色を元に戻したいと強く願った。

 フローラは息を整え、解呪魔法に集中する。レオにかけられた呪いは、レオの精神を段々と蝕む類のものだった。かなり悪質で、食欲や睡眠欲が湧かなくなり、体力や気力を奪っていくことで、生命の糸を切ろうとするような呪いだ。削られた体力も気力も元に戻すことはできないが、削られ続けることがないようにしなければいけない。その呪いの種を、魔力をレオの身体中に張り巡らして捜索する。呪いの種は彼の腹の中で見つけた。
 そしてそれから三時間もかけて、慎重に解呪していった。

(あと、少し!)

 もう少しで終わりそうだった、その時。
 握っているレオの手がギュッとフローラの手を握り返してきた。思わずレオを見ると、驚いた顔をしている。段々と正気を取り戻してきたようだ。

「フローラ……なのか……?」
「!?」

 少し輝きを戻した金の瞳が、揺れている。
 その瞳が潤み、甘い声で名を呼ばれた。驚きで気が緩み、呪いが一部跳ね返ってしまった。お腹の子どもには影響がないように咄嗟に腹に結界を展開する。
 お腹には特に変化がなさそうだと確認すると、そのまま解呪を進めた。

 そうして、長い長い時間をかけて、レオにかけられた呪いを解いたのだった。

(おわった……)

 ゆっくりと息を吐き、レオの手を離そうとしたところ、レオがしっかりとフローラの手を握り直した。

「……なんで」
「何故ここに、フローラが?」

 フローラを真っ直ぐ見つめるその瞳は、あの森で見た、フローラが愛した太陽の瞳だった。

「よかった……」
「フローラッ!!」
「フローラ様? 誰か! 宮廷医師を!」

 レオの呪いが解け、心の底から安堵した途端、フローラは意識を失ったのだった。
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