媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
「とにかくまずはベッドに寝かせましょう! 客間まで運びます!」
「ここでいい。私のベッドに私が運ぶ。それより早く宮廷医を」
「わ、分かりました……!」

 レオは壊れ物を扱うように、フローラを抱き上げると、自身のベッドに寝かせた。

 バルドは宮廷医を急ぎ呼ぶことにしたが、宮廷医は運悪く王都の端まで出かけていた。
 内乱は収まったとはいえ、医師の数は激減したままであり、国内は医師不足だ。
 宮廷医はレオを含む王族達が食事をしない夜に出かけ、国内の重症病者を治療して周り、朝戻るつもりだったようだ。レオはバルドを問い詰めたかったが、宮廷医を迎えに行く手筈を整えに行かせる。

「くそ!」

 レオは一人、ベッドの側でフローラの手を握る。

 自分がいつから呪いにかけられていたのか、見当もつかない。内乱が落ち着いたら、フローラに会いに行くつもりだった。だが、いつの間にか深い霧の中にいるような心地で、自分が自分ではない感覚になり、不眠になっていった。誰も信じられず、何も感じない。あれが、呪いだったのか。

 レオが呪われたことを知ったフローラが、あの森を出てこんなところまで来てくれたこと、そして危険を冒しても自分の呪いを解いてくれたこと。
 それは、レオの胸を打つには十分だった。

 だがもしも、あの夜のことをフローラが後悔していたら────。

 そうだとしても、もう、この手を手放すつもりは、レオにはなかった。

***

「あ、あの、お目覚めでしょうか……」

 目が覚めた瞬間のことは今も鮮明に思い出せる。
 キラキラと輝く赤い瞳が、恐る恐る自分を見ていた。珍しいピンクブラウンの長い髪と陶器のように白い肌、そしてルビーの瞳。どこか浮世離れしたその姿は女神のようで、レオは自分が死んで黄泉の世界に来てしまったのではと飛び起きた。

「あぁ! 今動くと傷口が開きます! ここは森の中。人間は滅多に訪れません! あ、安心しておやすみください!」

 怯えた表情のまま女神が叫ぶように言った。レオは自分が命からがら森へ逃げてきたのだったと思い出した。

 国境付近の街に、内乱を制圧する為向かっていた時だ。突然、盗賊のような集団が襲ってきた。
 だが盗賊にしては武術のスキルが高く、明らかに狙いはレオの命だった。内乱の最中だ。おそらく貴族に雇われた暗殺専門チームだろう。腕と足を切りつけられたが、たいしたことのない深さだと気にせず剣を振っていた。

 しかしすぐにガクンの身体の力が抜けた。毒だと気付き、護衛と森へ入って隠れながら応戦した。
 護衛達は無事だろうか。もしくは護衛達も仲間だったのだろうか。誰に切りつけられたのか、しっかりと覚えていない。
 気付けば一人、森の奥へ奥へと進んで、美しい湖で倒れ込んでしまったのだった。
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