媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
太陽の光が届かない程の森の奥、そのまたさらに奥に位置する湖。その湖のほとりに建つ小さな家には、魔女のフローラが住んでいる。
その夜、フローラは、祖母から教わった『魔女の血の繋ぎ方』を思い出していた。
それは、気に入った人間に媚薬を使い、子種を貰う方法だ。魅了魔法を使う魔女もいるが、フローラは専門外だった。
(おばあちゃん秘伝の媚薬……)
母から、フローラは『心から愛した人との間に出来た子ども』なのだと教えられてきた。でも、その『人間の父親』とは会ったことがないし、そもそも人間に良い印象などない。
血を繋ぐ為とはいえ、自分が媚薬を使って人間と交わるだなんてありえないと思っていた。
──彼と、出会うまでは。
「フローラ、今日のスープは一段と美味いな」
「あ、ありがとう、ございます」
先日、森の中で怪我をした人間を拾った。
彼は血だらけで弱っていたが、フローラが甲斐甲斐しく看病したおかげで、熱も引いて怪我もそろそろ完治する。つまり、彼はもうすぐこの森から出て行く。
彼がいなくなるのだと思うと、寂しくて悲しくて、切なくなる。
魔女の血を絶やさぬ為、魔女の血を繋ぐのは自分の役目だ。そしてその相手は、間違いなく彼がいい。数日しか一緒に暮らしていないが、人間が滅多に訪れないこの森で、彼よりも惹かれる相手に出会えるわけがないと確信もしていた。
女の勘ならぬ、魔女の勘だ。
そうして迷った挙句、フローラは夕飯のスープに「秘伝の媚薬」を混ぜてしまったのだった。
カチャン!
スプーンが荒々しく置かれた音に驚く。弾かれたように顔を上げると、彼は熱い目線をこちらに向けていた。
「っ!?」
「フローラ……」
獰猛で熱を帯びた金の瞳が、真っ直ぐフローラを見つめる。
彼は立ち上がりフローラの元へやってくると、噛み付くようにキスをした。
「んんっ!」
初めてのキスだった。
こうしてほしかったはずなのに、突然の急展開に心臓が忙しく脈を打ち、どう応えたらいいのか分からない。だけど、困惑ではなく歓喜が身体中を駆け巡る。
「フローラ、君が欲しい」
「……はい」
「顔が真っ赤。可愛い」
「っ!」
愛されているのではないかと錯覚してしまう程、彼は優しくフローラを撫でる。繰り返される甘いキスに、戸惑いも迷いも消されていく。
フローラが思わず彼にしがみつくと、彼は嬉しそうに甘く微笑んだ。
その笑顔に胸が苦しくなる。
(媚薬……すごい効き目……)
媚薬のせいで、彼はまるでフローラを愛しているかのような顔をしている。しかし、それは今夜だけのこと。
明日の朝、目が覚めたらきっと怒るだろう。もう森を出て行くかもしれない。
そうしたら、彼とは二度と会えないのだ。
歴代の魔女達はどうやって、この別れを乗り越えたのだろう。
だが、考え事が出来たのはそこまでだ。横抱きにされベッドに運ばれてからは、彼が与える偽りの愛に、ただただ溺れるだけだった。
そして次の朝、フローラが目覚めると、彼はもう、どこにもいなかった──。