媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
どうやらまだ命があるのだと理解したが、目の前にいる女性が一体何者なのか気になった。そこで色々と質問すると、最近母親を亡くした魔女であることが分かった。
魔女は、レオが起きている間は食事の時しかベッドに寄りつかない。しかも「嫌々やっています」と顔に書いてある。どうやら傷口の手当てはレオが眠っている間に行ってくれているようだ。
王族であり整った顔立ちをしているレオ。彼のこれまでの人生の中で、女性にここまで興味を持たれないことはなかったし、ましてや嫌な顔をされることもなかった。
それが意外で珍しく、返って魔女に対して興味が湧いた。
「君の髪は美しいな」
食事をしながら彼女をじっと観察しているうちに、自然と口をついて出ていた。少し褒めただけで顔を真っ赤に染める。これは確かに可愛い。
「大きな紅の瞳も美しい」
「そ、そんなっ」
「照れる姿も愛らしいな」
褒めれば褒めるほど赤くなる肌が面白い。初めはそんな興味本位の感情だった。
ある雨の日。彼女は繕い物をして、レオは剣の手入れをしていた。お互い無言の時間も心地よく、雨音だけが家の中で響く。一緒にいてこんなにも楽な女性は初めてだった。もっと一緒に過ごしたいと思う女性も。傷が癒えてきたことに比例して、彼女と別れることが嫌だと感じ始めていた。
「魔女殿はこうして傷ついた人間を介抱することがよくあるのか?」
「いいえ、貴方が初めてですよ」
「そうか。それならばよかった」
ホッとした。自分以外にもこんなに彼女の近くに誰かが居たらと想像すると、それだけでどうしようもない嫌悪感が襲ってきたからだ。だが自分が初めてだと知って、レオは心の底から安堵した。
そうして自らの心に芽生えた淡い感情に気づいたのだった。
「ラン、ララ、ラー」
小鳥がさえずる音とともに目覚める朝。森の木々が揺れ、葉と葉が触れ合うその音は、心地よい目覚めを誘う。
そして、彼女の歌声も。
レオがまだ眠っていると思い、洗濯物を干しながら歌う可愛らしい声。
レオにはあまり見せてはくれないが、近寄ってくる森の生き物達には、にこやかに朝の挨拶をする。
その姿はとても愛らしく、レオは毎朝こっそりと眺めていた。
「レオ様! 朝ごはんですよ? 起きてください」
「……フローラが口づけでもしてくれたらすんなり起きられるんだが」
「なっ! 何言ってるんですか?! わっ、私、あ、ああ、朝ごはんご用意しておきますから!」
フローラは可愛い。
のびのびと森の中で育った無垢な女性。からかって赤くなるその純真さが眩しかった。
甲斐甲斐しく看病をしてくれる、その優しさに甘えたかった。
本当は、全部自分のものにしてしまいたい。
それでも、彼女は『魔女』だ。そして自分は『王族』だ。
レオは、フローラを諦めるつもりでいた。
淡い恋の思い出として忘れようと思いつつも、すっかり治った怪我がまだ癒えないふりをして、しばらく彼女の家に滞在し続けていた。
そんなある夜。
フローラが作った夕食は野菜のスープだった。震える手で運ばれたそれには、何かが混入しているのだと、あからさまにわかった。
だが、彼女が毒を盛るとも思えず、多少の毒には耐性があるため、一口飲んでみることにしたのだ。
甘ったるい匂いと味。これは──
(……媚薬? フローラが?)
彼女は瞳を潤ませ、顔を真っ赤にして俯いていた。
その表情を見た瞬間、彼女が自分を求めているのだと理解し、心が歓喜に震えた。
媚薬が効いているフリをして、想いをぶつける。媚薬を盛った意図は分からないが、口付けをすると全く慣れていない動きで、初々しい。赤くなった頬を撫で、滲む涙を拭いてやると、とろんとした瞳と目が合った。そこからはもう止まれなかった。
夢中で彼女を抱いた翌日の早朝、バルドが迎えにやってきた。内乱が激化し、すぐに王都へ戻らねばならなかった。フローラと別れるのは辛く、そのまま一緒に連れて行きたかったが、内乱中の宮殿は危険すぎる。国が安定したら迎えに来るつもりで、そのまま家を出たのだった。
***
(置き手紙でもしていけばよかったのだろうか)
だが、内乱でレオが死ぬ可能性もあった。未来の約束をして、フローラを傷つけるのも怖かったのだ。
(結局、こんなところまで来てもらって、挙句、呪いも解いてもらった)
「フローラ……早く、目覚めてくれ……」
青白い顔で横たわる彼女は、とても冷たい。このまま命の灯火が消えてしまうのではないかと、レオは恐怖を感じ、その冷たい手が少しでも温まるよう、ぎゅっと両手で包んだ。