媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
 バルドが戻ってきたが、宮廷医の到着はあと数時間かかるとの報告だった。レオは苛立ち、思わず声を荒げる。
 
「フローラに何かあったら……! そもそも私はフローラを呼べと命令した覚えはないぞ!」

 バルドは全く堪えることなく、淡々と答える。

「殿下はあの森に行ってから、目の色が変わられました。王族として国の支えとなる決心をされ、内乱を制圧し、悪を戒め、国に平和をもたらそうと奮闘された。そして、この数ヶ月、時折森の方角をじっと見つめておられた」
「私は……!」
「フローラ様は実際に殿下の呪いを解かれました。我が国の第二王子の命を救った救世主、我が国の聖女となられましょう」
「!」

 その意味を理解したレオが動揺を見せたことに満足したように、バルドは微笑んだ。

「殿下の恋路を叶えて差し上げたかったのです」
「余計なお世話だ。フローラが目を覚さねば、意味のない妄想だ。何かあれば、私は自害する」
「何を!」

 バルドが声を荒げそうになった横で、影がふっと揺らめき、突然、黒猫が姿を現した。

『それはまた。フローラが命を懸けた意味がないなぁ』
「何者!?」

 バルドとレオが瞬時に臨戦体制を取るが、猫は悠然とフローラのベッドへと歩みを進める。そして、ベッドに飛び乗ると、レオに向かい話し始めた。

『金色の瞳を持つ御子よ』
「……魔物か?」

 レオはいつでも剣を抜けるはずなのに、黒猫の放つ覇気のようなものに耐えるだけで精一杯だった。見ればバルドの顔は蒼白で、今にも膝をつきそうだ。

『我が名はクロード。その魔女はこのクロードが引き受けよう』

 クロードと名乗る猫が、フローラをじっと見つめる。

「……何故、フローラは目覚めない?」
『それを聞いてどうする。無力な人間』
「私は、フローラを娶りたい。彼女が目覚めた時、側にいたいのだ」

 その言葉を聞いて、クロードは鼻で笑う。

『ふん。お前のせいで目覚めぬというに、笑わせる』
「どういうことだ?」

 クロードは、面倒そうに今のフローラの状態を説明した。

 フローラは解呪による跳ね返りによって呪いを受けた。普段のフローラなら、一晩寝れば回復するが、今はそれが難しい身体なので、自力での復活は難しいとのことだった。

「フローラは病気なのか?」
『魔女に媚薬を盛られておいて気付かぬとは、片腹痛いわ』

 レオが目を見開いた。媚薬の話は初耳だったバルドも驚く。

「まさかっ」
『腹の子には呪いがいかぬように二重に魔法を展開したせいで、フローラ自身が危ないのだ。魔力を補充し解呪せねばフローラは死ぬぞ』
「なんだって!?」

 フローラが死ぬ。

 その衝撃的な言葉がずっしりと頭に響く。レオは悔しさでギリリと剣を握りしめた。そして、クロードに向けていた剣を下ろし、頭を下げた。

「クロード殿。頼む! フローラを助けてくれ!」
『森に入らぬ限り、魔物は人間を襲わぬ。魔物を無駄に狩らぬと誓え』
「……!」

 クロードが提示してきた交換条件。それは、人間と魔物の不戦条約と言える内容だった。

 人間側としても、魔物が襲ってこないのだと分かれば、無駄な軍事力を割かなくてよく、国民の命も守ることができる。
 願ってもない条件だった。

「分かった。森以外の場所では約束出来ないが、森には入らないよう国民に徹底させよう。魔物は狩らぬ!」

 クロードがニヤリと笑う。

『約束を違えるなよ、人の子』

 そして、クロードから光が放たれ、次の瞬間には、フローラの顔色は元の桃色に戻っていた。
 クロードはレオの前から忽然と消えていた。
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