媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
4 逃亡と答え合わせ
王宮の最上階、豪華絢爛な装飾品の集まる一室で、深夜だというのに二人の男が酒を酌み交わしていた。
二人は愉快そうに揃いの金色の瞳を細めている。
「レオナルド、仕掛けてきましたね」
「自分達がモデルの観劇を作って庶民の意見を味方につけたのは大胆だったな。お陰で魔女殿の好感度が上がっているようだ」
「その仕上げに観衆の前でプロポーズしたそうですよ」
「ははっ。やりおる」
「世論を味方につけ、反対や妨害をすれば、その者が糾弾されるようにしたのは見事でしたね」
「さて。我々はどう出るか……」
「もう決めてあると顔に書いてありますよ?」
「……お前にも敵わんな」
息子たちの成長を嬉しく思う親の顔をした、この国の長は、その時ばかりは穏やかに酒を飲んでいた。
*
公開プロポーズの翌日。
王国内では第二王子婚約のニュースが駆け巡った。レオや王室が公式に婚約を発表したわけではないが、プロポーズを受ける瞬間を何人もの王宮勤めの使用人や侍女達が目撃していたからだ。
観劇で二人の恋路を知っている人々は、お祝いムード一色。
結婚式の日取りの発表を、国民達は今か今かと待ち望んでいる。
*
フローラは困っていた。
確かにレオの手を取った。だが、妃になるところまで覚悟できていたわけではない。
しかも、あんなにたくさんの人に見られていたなんて!
(まさか、プロポーズを受けたという既成事実を作る為に、わざと観客を用意したとか?)
噂が広まるのも早すぎる。あの庭園に誘われた時から、用意していたに違いない。
そう思うと腹が立ってきた。
レオのプロポーズに感動して、レオが好きだから、その手を取ったのに。
結局、「王家の血を引く御子」を手元に残したいだけなのかもしれない。
甘い愛の言葉も、あの場でフローラをその気にさせるための方便だったのかも。そう思うと、怒りと共に悲しみがフローラの心を占めていった。
『あの森で出会ってから、ずっと君を想っていた』
庭園での、レオの言葉を思い出す。咲き誇る花々と空から降り注ぐ太陽の光。そのどちらよりもレオが輝いて見えた。跪いて愛を囁く姿に、胸がときめいた。同じ気持ちだったのだと、嬉しかったのに。嬉しくて涙が出るだなんて初めてだったのに。
怒りながら夢中で歩いていると、いつの間にか王宮の中庭に出ていた。
すると、見知らぬ貴族と思われるご令嬢が数人集まっている。一人が泣いているようで、怪我でもしたのかと声をかけようとした。しかし近寄ると彼女たちの話が聞こえてきて、フローラは思わずその足をとめた。
「魔女だなんて有り得ないですわ!」
「レオナルド殿下に相応しいと思っていらっしゃるのかしら?」
「そうよ」
「マリー様の方がお美しいし家柄もピッタリだわ」
「わたくし、お父様に直訴してみますわ」
「元気を出して! マリー様!」
「……っ。みなさん、ありがとう」
どうやらレオを想っていた令嬢をみんなで慰めているようだった。美しい髪色、綺麗なドレス、着飾った姿。どれもフローラにはないものだ。彼女たちのいう通り、フローラには何の後ろ盾もない。レオには、相応しく、ない。
結局のところ、レオがフローラを構うのは、御子が大切だからだろう。王族の血を引く子を、野放しになんて出来ないからだ。優しい彼のことだ。口では「愛している」と言ってくれたけれど、命の恩人であるフローラを邪険に扱うこともできずに、責任を取る為「妃にする」と言っているのだろう。
だってフローラは媚薬を盛ったのだ。フローラの気持ちは明らかなのだから。
だから気遣って「愛している」だなんて言ったのだ。
生まれてくるお腹の子は、魔力を持つ子に違いない。そうすればこの子はきっと、命を狙われる。魔女の迫害の歴史があるように、大きな力を持って産まれた王族の子だ。必ず脅威とみなされて消されてしまうだろう。
(森に、帰りたい……)
ポコ
「?!」
最近少しずつ出てきたお腹から、小さな小さな胎動を感じた。
多分蹴られたのだと察したフローラは、初めての感覚に戸惑いつつも優しくお腹を撫でる。
「ママ、逃げてもいい?」
ポコポコ
タイミングよくお腹から返事がきた。勝手に「YES」だと解釈して、フローラは王宮からどう逃げ出すかを考え始めた。