媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
とりあえず危険な状態は脱したことを確認して、人間が着ていた服を洗うことにした。祖母や母の古着しかないので、彼の着替えが無いのだ。
血液が落とせる薬草を混ぜた水に、そのほとんどを漬け込む。何度か繰り返し、綺麗になった後、服は室内に干すことにした。外に干すのは危険だと判断したのだ。追手に見つかりフローラまで襲われたら困る。服が乾いたら剣で斬られた部分を丁寧に縫い直すことにした。
(治療費に療養中の食費、こういう雑費も計上して請求しよう!)
人間はそれから一日中ベッドで眠っていた。薬がよく効いているのだろう。拾った時は発熱していたようだが、少しずつ熱も下がってきた。
もう日が暮れそうになった頃、汗を拭いていると、人間の瞼が揺れた。
「……ん」
黄金色に輝く瞳と目が合い、その高貴さに驚く。包帯でぐるぐる巻きにしているはずなのに、輝く太陽のような色の瞳が開いただけで、フローラは釘付けになった。
柔らかな銀色の髪に黄金色の瞳。その整った顔立ちにはどこか威厳もあり、見えない何かに圧倒される。
もしかすると彼はとんでもなく高貴な身分の人間なのではないかと、フローラは不安になり始めた。
「あ、あの、お目覚めでしょうか……」
「っ!」
やはり誰かに追われていたのか、高貴な人間は覚醒した途端、慌てて起き上がろうとする。
「あぁ! 今動くと傷口が開きます! ここは森の中。人間は滅多に訪れません! あ、安心しておやすみください!」
フローラが一気にそう言うと、今度は黄金の瞳がキョロキョロとこの家を見渡した。森の中までやってきたことを思い出したのか、納得したようで脱力していく。
そうして金色の視線はフローラに戻ってきた。目が合うだけで、心臓がドキッと音を立てる。
「……ここは?」
発せられた声が、予想よりも低く、心地よい響きで驚いた。
「わ、私の家です。家の前の湖に倒れていたので、薬を塗ってベッドに……」
母が亡くなって以来、人と会話するのも久々だ。慣れないことに思わず声が震える。答えると、金色の瞳は警戒心を露わにした。
「ご家族は?」
「母と暮らしていましたが、先日亡くなって。今は、私一人で暮らしています」
「一人で?」
「はい」
「森の中に?」
「はい」
「……年若い女性がこんな森の奥に?」
傷を負いベッドで寝ているだけのはずなのに、高圧的なオーラに変な汗が出た。
森に一人暮らしの女が住んでいるのは、人間の世界では珍しいことのようだ。何故だか分からないが、この金色の瞳の前で、嘘をつくことなど出来なかった。
「……魔女、なので」
「……魔女……」
フローラが『魔女』だと微塵も予想していなかったのか、人間は驚いた顔をした。
この世界の魔女はもう少ない。絶滅したと言われたこともあったが、こうして人里離れた森や山の中でひっそりと暮らしている。
時々人の街へ行って、薬を売ったり、占いをしたりして生計を立てているのだ。
ここが魔女の家と知って嫌な顔をするだろうか、と不安になったが、そんなことはなかった。
「……そうか。ありがとう、助かった」
掠れた声でそう言った高貴な人間は、納得したのかフローラに微笑むとまた眠ってしまった。
どうやら安心してくれたようだ。よかった。だが、母以外の誰かに微笑まれたことのないフローラは、今の微笑みでかなり動揺してしまった。
人間は魔女を毛嫌いしている。
それが、フローラの常識だった。街に出た時も魔女とバレると理由なく吐かれる暴言に耐えてきたからだ。
『どうしてこの街に来たのかしら』
『まさか近くの森にでも住んでいるのか』
『ヤダ! 私たち呪われるんじゃないの!?』
魔女にも耳がある。だが、彼らは遠くから恐怖や不安、蔑みや敵意を容赦なくぶつけてくるのだ。祖母は気にしなくていいといつもおおらかに笑っていた。母はそれでも人間の父を愛していると語っていた。
この金色の瞳を持つ人間は、嫌な顔をしなかった。
胸が高鳴る。心臓が鳴る音が耳に届くなんて初めてのことで、もう寿命がきてしまったのだろうかと、フローラは心配になった。
血液が落とせる薬草を混ぜた水に、そのほとんどを漬け込む。何度か繰り返し、綺麗になった後、服は室内に干すことにした。外に干すのは危険だと判断したのだ。追手に見つかりフローラまで襲われたら困る。服が乾いたら剣で斬られた部分を丁寧に縫い直すことにした。
(治療費に療養中の食費、こういう雑費も計上して請求しよう!)
人間はそれから一日中ベッドで眠っていた。薬がよく効いているのだろう。拾った時は発熱していたようだが、少しずつ熱も下がってきた。
もう日が暮れそうになった頃、汗を拭いていると、人間の瞼が揺れた。
「……ん」
黄金色に輝く瞳と目が合い、その高貴さに驚く。包帯でぐるぐる巻きにしているはずなのに、輝く太陽のような色の瞳が開いただけで、フローラは釘付けになった。
柔らかな銀色の髪に黄金色の瞳。その整った顔立ちにはどこか威厳もあり、見えない何かに圧倒される。
もしかすると彼はとんでもなく高貴な身分の人間なのではないかと、フローラは不安になり始めた。
「あ、あの、お目覚めでしょうか……」
「っ!」
やはり誰かに追われていたのか、高貴な人間は覚醒した途端、慌てて起き上がろうとする。
「あぁ! 今動くと傷口が開きます! ここは森の中。人間は滅多に訪れません! あ、安心しておやすみください!」
フローラが一気にそう言うと、今度は黄金の瞳がキョロキョロとこの家を見渡した。森の中までやってきたことを思い出したのか、納得したようで脱力していく。
そうして金色の視線はフローラに戻ってきた。目が合うだけで、心臓がドキッと音を立てる。
「……ここは?」
発せられた声が、予想よりも低く、心地よい響きで驚いた。
「わ、私の家です。家の前の湖に倒れていたので、薬を塗ってベッドに……」
母が亡くなって以来、人と会話するのも久々だ。慣れないことに思わず声が震える。答えると、金色の瞳は警戒心を露わにした。
「ご家族は?」
「母と暮らしていましたが、先日亡くなって。今は、私一人で暮らしています」
「一人で?」
「はい」
「森の中に?」
「はい」
「……年若い女性がこんな森の奥に?」
傷を負いベッドで寝ているだけのはずなのに、高圧的なオーラに変な汗が出た。
森に一人暮らしの女が住んでいるのは、人間の世界では珍しいことのようだ。何故だか分からないが、この金色の瞳の前で、嘘をつくことなど出来なかった。
「……魔女、なので」
「……魔女……」
フローラが『魔女』だと微塵も予想していなかったのか、人間は驚いた顔をした。
この世界の魔女はもう少ない。絶滅したと言われたこともあったが、こうして人里離れた森や山の中でひっそりと暮らしている。
時々人の街へ行って、薬を売ったり、占いをしたりして生計を立てているのだ。
ここが魔女の家と知って嫌な顔をするだろうか、と不安になったが、そんなことはなかった。
「……そうか。ありがとう、助かった」
掠れた声でそう言った高貴な人間は、納得したのかフローラに微笑むとまた眠ってしまった。
どうやら安心してくれたようだ。よかった。だが、母以外の誰かに微笑まれたことのないフローラは、今の微笑みでかなり動揺してしまった。
人間は魔女を毛嫌いしている。
それが、フローラの常識だった。街に出た時も魔女とバレると理由なく吐かれる暴言に耐えてきたからだ。
『どうしてこの街に来たのかしら』
『まさか近くの森にでも住んでいるのか』
『ヤダ! 私たち呪われるんじゃないの!?』
魔女にも耳がある。だが、彼らは遠くから恐怖や不安、蔑みや敵意を容赦なくぶつけてくるのだ。祖母は気にしなくていいといつもおおらかに笑っていた。母はそれでも人間の父を愛していると語っていた。
この金色の瞳を持つ人間は、嫌な顔をしなかった。
胸が高鳴る。心臓が鳴る音が耳に届くなんて初めてのことで、もう寿命がきてしまったのだろうかと、フローラは心配になった。