媚薬を盛って一夜限りのつもりだったので、溺愛しないでください!
 彼がフローラの家で療養し始めて、五日が過ぎた。

 魔女の薬の効果か、肩や腕の怪我はほとんど癒えて、彼は湖のほとりで素振りをしている。
 あとは足の怪我がもう少し癒えれば、この森を自力で抜けることが出来るだろう。

「そろそろ朝ごはんですよー」
「ああ、今行く」

 最初こそ金の瞳に圧倒され緊張していたが、フローラは段々と人間が家にいることに慣れてきていた。というのも、回復してきた彼がベッドでゆっくりすることを嫌い、フローラに付いてまわるからだ。

「この人形は何だ?」
「そ、それは、母の趣味で……」
「では、裸で髪の毛だけ生えてる緑の人形も……母上の趣味か?」
「い、いいえ。それは祖母ですね……」

 祖母と母と三人で暮らしていた家には、それぞれの趣味の物で溢れている。平家の小さな家なので、所狭しと色んなものが飾られ収納された雑多な雰囲気が、彼には大変珍しいらしい。
 祖母は旅人から他国や遠方の品を譲ってもらい、飾るのが好きだった。母は夢見がちな乙女だったので、可愛いものをとにかく集めていた。
 その結果、隣国の木で作られた不気味なお面と可愛らしいふわふわウサギの人形が一緒に並んで飾られていたりするのだ。

 彼は、薬の調剤に使うすり鉢や天秤、大量の薬瓶、乾燥させた薬草にも興味津々だ。フローラが薬を調合する姿をじっと見学するのも好きだった。

「全て魔法で作るのかと思った」
「いいえ。こうして薬草をすり潰して、必要な材料を混ぜて調合しています。魔法を込めるのは少しだけ」
「何故?」
「効きすぎる薬は毒ですよ」

 フローラが小さな魔法を使うたび、「今のは魔法か!? どんな魔法だ?」と目を輝かせた。

 最初は警戒心を露わにしていたし高圧的な貴族なのだろうと思っていたけれど、日が経つにつれ、好奇心旺盛で心優しい努力家な青年だと分かってきた。
 毒が抜け、身体が動くようになると、家事のほとんどを手伝うと申し出てくれた。その上で日々の鍛錬も忘れない。身体が完全に回復すれば、戻るべき場所に戻り戦えるよう必死に努力している様子だった。一方で、魔女であるフローラに対して、敵に盛る毒だとか、相手を呪う道具などを要求することはない。高貴な身分なのは変わりないが、そうした誠実な姿勢にどんどん惹かれていった。

「この森は他の魔法を跳ね除ける陣でも敷かれているのか?」
「はい。祖母がここに住まうようになった時に、そういった特別な結界魔法をかけていると聞いています」
「そうか」

 彼が安心した顔を見せた。怪我をしていたし、やはり誰かに命を狙われる立場なのだろう。
 しかし詮索してはいけないと思い、フローラは何も聞かなかった。

「結界のせいでお迎えの方もここを見つけられないかもしれませんし、傷が癒えたら近くの村までお送りします」
「助かる。何もかも甘えてしまってすまない」
「いいえ」

 彼との別れ。

 想像するだけで、軋むように痛むこの胸は、やっぱり何かの病なのかもしれない。
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