とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「おかしいと思ってる?」

「はい」

 素直だな、と邑木さんは軽く笑った。

「人に決められた結婚なんだ。彼女と俺は、お互いにほかの相手と自由にしていいことになってる。妊娠とか、そういうことさえ気をつければ」

「決められた結婚って、許嫁(いいなずけ)とかそういう関係ですか」

「まあ、そんなところ」

「邑木さん、パンやさんですよね?」

 まちのパンやさん。

 従兄の(やす)くんのバーではじめて言葉を交わしたとき、仕事はまちのパンやさんだと邑木さんは言った。

 こんな嫌味っぽい英国スーツにコツコツと(かかと)の鳴る尖った革靴を履いたまちのパンやさんなんているものか。

 わたしは眉を寄せてしまいそうになるのを堪えながら、そうなんですね、と無難に受け流した。

 胡散臭い(ひと)。近づくな危険。

 警告音はあのときから耐えることなく鳴っている。

「うん。まちのパンやさんだよ」

 邑木さんは臆することなく言った。

 まちのパンやさんに許嫁なんているだろうか。そういうのは大企業だとか代々伝わる老舗のなんとかだとか、そういう世界の話じゃないだろうか。

 ものすごく適当なことを言われている気がする。
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