とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
まだ覚束ない足で、ゆっくりとバーの階段を下りた。
ヒールの音がやけに胸に響く。
「由紀ちゃーん。おかえりい。外、寒くなかった?」
扉を開けるとすぐに美容師の男が甘ったれた声で出迎えた。
カウンターでドリンクをつくる波多野さんが、さりげなく男を横目で見る。
警戒してくれているのだろう。
わたしは目配せし、大丈夫ですよ、と波多野さんに伝えた。
この男もまだまだガキなのかもしれない。
そう考えれば少しだけ。
ほんの少しだけ、かわいく見えてくる。
だけどもちろん、これ以上躰が触れるのはぜったいに御免で、やんわりと距離をとりながら椅子に座った。
テーブルの上で冷めてしまったバッファローウィングにかぶりつく。
康くん、料理の腕を上げたな。
冷めてしまっても、じゅうぶんおいしい。これは病みつきになりそう。
「あ、ねえねえ。聞き忘れてたんだけど、由紀ちゃんは? 由紀ちゃんは、彼氏は?」
「いますよ。獣みたいな男が」
にっこりと、わたしは深く微笑んだ。
おかしな顔をする男を視界の隅にやって、唇の端についたソースを指と舌で拭う。
指先についた赫い脂も、舌に沁みたそのスパイスたっぷりの辛味も、しばらくわたしから離れなかった。
わたしはあの男に、脳までとろかされてしまったのかもしれない。