とことわのその ― 獣と絡まり蔦が這い ―【加筆修正版更新中】
「婚約者がいるとはいっても、自由にやってるよ。彼女とのマンションに毎日帰らないといけないわけでもないし」

「彼女とのマンション?」

「ああ。ここから車で三十分くらいかな」

「それならここは」

 つい、訊いてしまった。さっさと帰るつもりだったのに、気がつけば自ら話を広げてしまっている。

「ここは大学時代から住んでるマンション。仕事に行くにはここからのほうが便利だし、長く住んでるから愛着もあって。手放す気にはなれないな」

 意外だった。愛着という言葉も、手放す気にはなれないという表現も、そういうことを言う(ひと)だとは思っていなかった。

「ほかに訊きたいことは?」

「……ないです」

 どこか満足そうな邑木さんに、わたしは仏頂面で返した。それでもその表情は崩れるどころか、笑みを増すばかりだった。

 帰ろう。いますぐ帰ろう。

 シャツを羽織り、抜け殻のようになっていたスキニージーンズの皺をざっくりと伸ばした。
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